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【書評】「蒙昧」なのはあの当時か、それとも今か? 『日本蒙昧前史』

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婦人公論.jp

◆一瞬だけ「有名人」になった彼らの人生に流れる時間 二つ前の「昭和」という元号が終わろうとする時代、日本人はどのような感情を抱いて生きていたのか。1970年の大阪万博から80年代のバブル経済前夜にかけて、メディアを騒がせたさまざまな人物を数珠のようにつなぎ、息の長い特徴的な文章で綴った物語である。 昭和の終わりの日本人は今より「蒙昧」だったのかーー? 固有名を伏せてもそれとわかる著名な政治家や文学者も幾人か登場するが、ある出来事によってたまたま有名になってしまった市井の人間に、より多くの 筆が費やされる。そのような事件が起きなければ、彼らは無名のまま一生を終えたはずなのだ。 なかでも「五つ子」の父親となったNHK記者、万博会場の太陽の塔に立てこもった「目玉男」、終戦を知らずグアム島に28年間も潜伏し続けた元日本兵の3人が、とくに丁寧に描かれる。メディアの表面に浮かび上がった一瞬だけ「お茶の間の有名人」になった彼らだが、その人生をしっかりと裏打ちする膨大な時間が、「一瞬」の外では流れていた。うねうねと時を蛇行しつつ進むこの小説は、繰り返しそのことを描いていくのである。 五つ子の父親の場合、妻となる女性と出会った「蒸し饅頭」のエピソードが象徴的に示される。「目玉男」の個人史は同郷の伝説的なロシア人投手にまで広がり、この地が“軍郷”であったことで元日本兵の逸話につながる。元日本兵が「帰還後」に過ごす長い時間は、戦中体験と同じ密度で描かれる。 はたして当時の日本人は、今より「蒙昧」だったのか? それとも我々は大切な何かを失うことで、その後に「蒙昧」となっていったのか? そのどちらとも解釈できるよう、「前史」という題名の言葉は念入りに選ばれている。 『日本蒙昧前史』 著◎礒崎憲一郎 ※崎はたつざき 文藝春秋 2100円

仲俣暁生

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