屋久島沖墜落事故から1年 オスプレイを取り巻く状況振り返り 事故後もトラブル相次ぐ 鹿児島
鹿児島テレビ
世界的にも注目された、オスプレイの墜落事故。 私たち県民に、国防を取り巻く現在の環境が、事故と隣り合わせであることをまざまざと感じさせるものでした。 オスプレイを取り巻く1年を振り返ります。 霧島支局・徳永健一記者 「島影が見える距離に、うっすらとオイルの漏れたような跡が広がっています」 1年前の11月29日、屋久島沖に墜落したオスプレイ。 機体はアメリカ空軍の横田基地に所属するCV22で、この日は山口の岩国基地から沖縄の嘉手納基地に向かっていました。 墜落前には屋久島空港に緊急着陸を試みていました。 目撃した人 「こんな感じで、ぐるぐると3回転。横にぐるぐる回って、オレンジの光がパッと見えたと思ったら、そのまま海に落ちた」 事故を受け、アメリカ軍は、世界に配備している全てのオスプレイの運用停止。 防衛省も同様の措置をとります。 塩田知事 「県の要請を踏まえて受け止めてもらい、今回の(停止)措置だったと考えている」 事故から1カ月が経過した2023年の暮れ。 屋久島沖に沈んだオスプレイはようやく引き上げられました。 これまでの度々、事故を起こし運用を不安視する声も少なくないオスプレイ。 しかし、事故からわずか4カ月しかたっていない2024年3月、アメリカ軍はオスプレイの運用停止を解除します。 「安全に飛行できると判断した」 アメリカ軍はこう話すものの、何ら事故原因は明らかにされないままでした。 沖縄の普天間飛行場でオスプレイが飛び立った3月14日。 同じ日に説明に訪れた防衛省の幹部に、自治体のトップも疑問の声を投げかけます。 九州防衛局の担当者 「さきほど沖縄・普天間基地所属のアメリア軍オスプレイ1機が飛んだ情報が来ている」 鹿屋市・中西茂市長 「段取りが早いというか、(原因が)全て解決されたか、ちょっと疑問」 塩田知事からは怒りの声も。 塩田知事 「事前に飛行の連絡がないまま、飛行再開。極めて遺憾」 アメリカ軍が事故原因を公表したのは、事故から9カ月が立った2024年8月のことでした。 変速機が破損し、エンジンの動力が伝えられなくなったこと。 そして、操縦士が不具合の警告後すぐに着陸しようとしなかったことがあげられました。 しかし、なぜ変速機が破損したのか、その理由は語られていません。 事故から1年を前に、県内ではオスプレイによるトラブルが相次ぎます。 10月には鹿屋航空基地に、そして11月に入ってからは奄美空港に2回、緊急着陸したオスプレイ。 いずれも飛行中のトラブルによる危険を回避するためとされています。 オスプレイの事故から1年。 今も、その安全性が問われ続けています。
鹿児島テレビ