『カムカム』に「おいしゅうなれ」が再び響く 安子から受け継いだあんこの味
「あずきの声を聴けえ……なにゅうしてほしいか、あずきが教えてくれる」 「おいしゅうなれ、おいしゅうなれ、おいしゅうなれ」 【写真】月に「回転焼」を重ねる錠一郎(オダギリジョー) お茶の間に懐かしい、あんこのおまじないが響いた『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)第60話。るい(深津絵里)と錠一郎(オダギリジョー)が新天地で再スタートを切った。 籍を入れてめでたく夫婦となった2人が、新婚生活の舞台に選んだのは三代目ヒロイン・ひなた編に続く“京都”。大阪からもそんなに離れておらず、なによりベリー改め、野田一子(市川実日子)という心強い味方がいる。住む家も仕事もまだ決まっていなかったが、茶道教室を営む一子の実家に寄った帰り道、日向の道を探す2人に一筋の光が差し込んだ。 “天神さん”の名で親しまれる北野天満宮の縁日を歩いていたら、あるものに目が留まったるい。子供たちが美味しそうに頬張っていたのは、小麦粉の生地にあんこを挟んで焼いた「回転焼」だった(地域毎に「今川焼」「大判焼」と呼び名は様々)。「回転焼屋さん、やってみいひん?」。るいは錠一郎にそう提案した上で、幼い頃に母・安子(上白石萌音)と大阪でおはぎを作って売っていたことや、額の傷がその時にできたものであることを打ち明ける。 食べる人の幸せそうな顔を思い浮かべながら、おいしいあんこができるように祈りを込めるおまじない。かつてロバート(村雨辰剛)が安子に言った「あれはあなたの子供の頃の思い出の味、悲しみの味。それからるいちゃんへの愛情の味なのですね」という言葉が再生される。きっと、今度はるいが安子に愛された子供の頃の思い出の味を思い出す。同時に捨てられた悲しみの味も。それでもるいは母と同じ道を辿ることで、自分の過去と向き合おうとしていた。 心機一転を図るため京都にきたるいと錠一郎だが、すべてがリセットされたわけじゃない。大阪を離れる2人に竹村夫妻はポスターの裏に書いた錠一郎のサインを、木暮(近藤芳正)は錠一郎から預かっていたトランペットを手渡したが、幸せな思い出も痛みが伴う思い出もいつの間にかその人をかたちづくる一部となる。 その証拠に、るいが回転焼き屋を開くために選んだ物件は店内から居間が見える竹村クリーニングのようなアットホームな造り、お店を構えるのは一瞬だけ岡山で安子とおはぎを売った時と同じ庶民的な商店街。また記憶を頼りに作ったるいのあんこは粒がしっかりと残る、杵太郎(大和田伸也)の代から受け継がれてきた「たちばな」のあんこだった。幼い娘を連れて物置小屋からお菓子屋さんを始めた安子のたくましさも、一子から意外にギャンブラーだと言われたるいの中に宿っている。 「これがるいとるいのお母さんの味か」 縁側で試作品を食べるるいと錠一郎を月明かりが照らす。屋号は回転焼「大月」に決まった。変わるもの、変わらないものを抱いて2人は次の時代を進んでいく。
苫とり子