変わらず時を刻む誇り イラクの時計修理職人
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【1月5日 AFP】イラクの首都バグダッドの歴史ある通りに店を構える時計修理職人、ユセフ・アブドルカリーム(Youssef Abdelkarim)さん(52)。3世代続く小さな店は、腕時計に埋め尽くされたまさにタイムカプセルだ。 ラシード通り(Rasheed Street)に面したショーウインドーには、フェルトの箱に入ったアンティーク時計が一列に並んでいる。対照的に店内は腕時計が山積みになっていたり、壁からぶら下がったりしている。床に置かれたバケツ、段ボール、棚、スーツケースにもびっしり時計が詰まっている。 アブドルカリームさんは店の隅で木製の古い机に座り、身をかがめてアンティーク時計をのぞきこむ。「すべての時計に個性がある。自分の子どものように、その個性をできるだけそのままにしようとしている」。アブドルカリームさんは太い黒縁の眼鏡越しに目を細めながらAFPに語った。 1940年代に店を始めた父方の祖父は亡くなる前に、アブドルカリームさんの父親に店を譲っていた。アブドルカリームさんは祖父の死後、父親に教わりながら11歳で時計修理を始めた。 アブドルカリームさんは1万ユーロ(約130万円)はする「パテックフィリップ(Patek Philippes)」や、「貧しい男の時計」と呼んでいる「シグマ(Sigma)」などスイスの高級腕時計の修理を手掛けてきた。 イラクの独裁者だった故サダム・フセイン(Saddam Hussein)の時計も直したのではないかと思っている。「大統領府から持ち込まれた珍しい時計の裏に、サダムのサインが入っていた」 その時計の修理費用は400イラク・ディナールだった。1980年代には1000ドル(約10万円)に相当する額だったが、今のレートでは1ドル(約103円)にも満たない。 あれから多くのことが変わった。アナログの腕時計はデジタル時計に置き換わり、今ではさらにスマートフォンに取って代わられた。 だが、アブドルカリームさんは、アナログ腕時計は過去のものではないと主張する。そしてウインクをしながら「男の優雅さは時計から始まる。そして靴だ」と語った。 ■アイデンティティー ラシード通りは1980年代、昼はさまざまな商売でにぎわい、夜には遊び場として人気の場所だった。アブドルカリームさんが今修理を手掛ける時計は1日5個といったところだが、80年代当時は毎日数百個を売ったり直したりしていた。 アブドルカリームさんは今でも、通りにあった有名な劇場、映画館、コーヒーショップなどを覚えている。「閉まることなく、ずっと営業していたんだ!」 通りには他にも多くの時計修理店があった。だが1990年代に国際的な経済制裁が科されると、よそは店をたたみ始めた。 2003年に米国主導の有志連合がイラクに侵攻、フセイン政権が崩壊すると宗派間抗争のパンドラの箱が開き、国内は混乱。ラシード通りでも自動車爆弾が爆発した。 昨年もタハリール広場(Tahrir Square)付近でデモ隊が大規模なキャンプを張り、ラシード通りは数か月にわたって封鎖された。だが、アブドルカリームさんは修理を続けた。 周辺にあった古着屋や本屋はなくなり、倉庫や自動車部品販売店になった。だが、アブドルカリームさんは「この店は50年間、変わっていない。だから人々はここに戻ってくる」と話す。「それがこの店のアイデンティティーを保っている」 映像は2020年12月に取材したもの。(c)AFPBB News