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スーパー・セッション隆盛の先駆けとなったロック史に残るライヴ盤『フィルモアの奇跡』

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OKMusic

OKMusicで好評連載中の『これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!』のアーカイブス。今回はマイク・ブルームフィールド&アル・クーパー の『フィルモアの奇跡』を取り上げる。1968年9月、マイク・ブルームフィールドとアル・クーパーが中心となってフィルモア・ウエストで開催されたライヴセッション。インプロビゼーションを中心にしたパフォーマーたちの高い演奏力は、50年代に生まれたロックが完成に近づきつつあることを証明するものであった。70年代初頭、日本も含め世界中のロック好きを自称する若者たちにとって、『フィルモアの奇跡』(原題:The Live Adventure Of Mike Bloomfield And Al Kooper)はバイブルとなった。LP時代は2枚組でリリースされ、高価であったにもかかわらず世界のロックフリークたちを狂喜させた、まさしく“フィルモアの奇跡”なのである。 ※本稿は2016年に掲載

アル・クーパーの才能

本作の主人公であるマイク・ブルームフィールドとアル・クーパーのふたりについては、80年代以降にロックを聴き始めた人であれば、あまり知らないかもしれない。ギタリストのブルームフィールドは81年に37歳の若さで亡くなっているし、クーパーも70年代中頃にはすでに表立った活動はしなくなっていたからだ。しかし、60年代の終わりからロックを聴いていた人なら、彼らのすごさは十分すぎるほど知っているはずだ。彼らが関わった本作と『スーパー・セッション』(‘68)の2枚のアルバムが、当時のロックの発展に非常に大きな影響を与えたことは間違いない。 さて、アル・クーパーだ。彼がロック界に残した足跡は大きなものだが、その多くは60年代中頃から70年代中頃までに集中している。彼のプロフィールを紹介しながら、その仕事を少し見ていこう。 1965年、彼の作曲した「恋のダイアモンド・リング」がゲイリー・ルイスに取り上げられ、全米1位となる。そして同年、このヒットがきっかけかどうかは分からないが、ボブ・ディランの代表アルバムのひとつである『追憶のハイウェイ61』に、バックメンとして参加するチャンスを得る。クーパーはこのアルバムに参加していたマイク・ブルームフィールドと初めて出会い、ブルースをルーツにしながらもロックフィールにあふれた彼のギタープレイに大いに魅了されることになる。 その後、白人ブルースロックバンド、ブルース・プロジェクトを結成、在籍している間にプロデュースやアレンジ手法も学びつつ、自分の進むべき方向性を模索していた。結局、メンバーとの軋轢などがあり、このグループを67年に脱退、ここから彼の天才が開花、アル・クーパーとしての破竹の活躍が始まる。

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