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コロナ禍誰にも文句言えない…教え子を諭す元中日・紀藤監督「無心に球を追い打ってきたことは将来絶対に生きる」

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中日スポーツ

水戸啓明高校 紀藤真琴監督に聞く

 新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れていたプロ野球は6月19日に開幕の見込みとなったが、第102回全国高校野球選手権大会は5月20日に中止が決まった。甲子園という大目標を失った今、愛知・中京高(現中京大中京高)出身で広島、中日などでプレーした茨城・水戸啓明高の紀藤真琴監督(55)に、現状の心境を聞いた。  水戸啓明高も他校と同じく、学校自体が休校、野球部も千葉、埼玉出身者もいるため寮を閉鎖、活動を自粛していたが、1日から分散登校で活動を再開することになった。  ただし、3年生の大目標はもう、ない。「選手にかける言葉ですか? もう何を言ってもきれいごとになってしまう。ぼくは決定するまでやるつもりだったから、仕方ないとはいえ残念」。昨年1月に就任した紀藤監督も、悔しさを隠さず、こう語った。  昨年秋の茨城県大会は1―5で初戦敗退とはいえ、優勝した常総学院相手。途中まで善戦した。その結果を総括し、パワーの違いを痛感。紀藤監督の高校時代と違い、今どきの高校生は食が細いため、冬に食べる量を増やし、同時にウエートトレーニングでパワーアップを図った。  その結果、ひと冬越すと、5~7キロ体重が増える選手が続出。全体的な飛距離が目に見えて伸び、この夏に向け、手応えを感じていた。

「あと1、2カ月で体をつくり直せるのか…そんな簡単じゃない」

 自身の高校時代は春夏3度、甲子園に出場。その素晴らしさは誰よりも知っている。そこでの活躍が認められ、広島からドラフト指名も受け、プロ入りの道が開けた。だからこそ、夢舞台に生徒を連れていけなかった無念の思いは、誰にも負けない自負がある。一方で、高校野球はあくまで教育、部活動の一環ということも百も承知している。  「選手の健康が第一。それに茨城県はコロナ特定警戒都道府県に入っていたし、水戸は東京へ2時間もかからない。通勤している人が多いから。(中止決定前に)選手たちには『いつ練習再開になってもいいように、心と体を準備しておくように』とは言っていても、怖かったですよ」と言うのも当然。一度、51人の部員を少人数に分け、練習することも考えたが、最終的には、それでも危険は防げないとして断念した。  茨城県でも代替大会が検討されている。「高校で野球をやめる選手もいるから、けじめをつけさせる意味でやらせてあげたい。そうしなければかわいそう」というが、不安は尽きない。「長い間、体を休ませて、あと1、2カ月で体をつくり直せるのかといえば、野球はそんな簡単なものじゃない。まして、これから大学、社会人に進んで、野球を続けようという選手をけがをさせるのが怖い。将来にかかわりますから。今の選手は、昔の選手と比べて大きいけど弱いから」「たとえ体が仕上がっても、まだ治療薬もワクチンもないわけだから、感染させるわけには絶対にいかない。それに夏は熱中症の心配もしないといけない」と教育者として選手の体を気遣う。  「こんな事態は、誰にも文句は言えない。困ったもんです」。最後にまた、やるせない気持ちを紀藤監督は語ったが、これだけは選手に強調したいという。「今まで無心に球を追い、打ってきたことは将来的には絶対に生きる。高校野球はあくまで人生の一部だから」と。その思いは全国の指導者の思いも同じだろう。  ▼紀藤真琴(きとう・まこと) 1965(昭和40)年5月12日生まれ、名古屋市天白区出身の55歳。中京高(現中京大中京高)では投手、外野手で甲子園に3度出場。84年、ドラフト3位で広島に入団、中日、楽天でもプレーし、通算474試合に登板し、通算78勝73敗16セーブの防御率4.07。2006年から楽天、台湾・興農、統一で投手コーチを務め、19年1月から現職。名古屋市立久方中ではソフトバンク・工藤監督の2年後輩。中京高では野中徹博(元阪急など、現出雲西高監督)、森昌彦(元NTT東海、アトランタ五輪銀メダリスト)と同期。

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