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「実力拮抗」高校年代の真価 林義規委員長「日本の育成の象徴」プレミアリーグ改革案とは?

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REAL SPORTS

近年、次々と若手選手が台頭し、活躍を見せている日本サッカー。その要因の一つといわれているのが高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグだ。Jリーグクラブユース、高体連(全国高等学校体育連盟)、タウンクラブが一体となって年間を通じて競い合うリーグ戦は、今年で創設10年目となる。いかなる経緯で立ち上がり、リーグ戦文化の定着とともに生まれた成果とは何か。そして、次の10年でどんな変化を求めていくのか。プレミアリーグの実施委員長で、大会の創設に寄与した東京都サッカー協会会長の林義規が成功の要因と今後の改革プランを明らかにする。 (インタビュー・構成=松尾祐希、写真=Getty Images)

プレミアリーグを語る上で欠かせない名将たちの尽力

Jリーグが開幕し、今年で28年目を迎える。この期間で日本サッカー界は大きな進歩を遂げた。ヨーロッパのトップリーグでプレーする者も増加の一途を辿る。特に目立つのは若くして海外に活躍の場を求める選手だ。中山雄太(ズヴォレ/オランダ)、堂安律(PSV/オランダ)、菅原由勢(AZ/オランダ)、冨安健洋(ボローニャ/イタリア)、久保建英(マジョルカ/スペイン)など、東京五輪世代だけで欧州組は2桁を数える。次々に選手が若くして台頭する理由はなぜか。それは育成年代の充実なくして語れない。特にプロ入りの一歩手前に当たる2種年代に、高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグが創設されたことと無関係ではないだろう。その創設から関わり続けている林義規実施委員長に話を伺った。 ――プレミアリーグが今年で10年目を迎えます。改めて歩みを振り返ってみて、いかがでしょうか。 林:高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグが創設され、 10年が経ちました。ただ、重要なのはここに至るまでの経緯です。2種(高校生)年代の歴史は高体連主導で成長してきました。インターハイや100回大会を迎える全国高校サッカー選手権大会抜きには語れません。 ――東西で10チームずつが参加するプレミアリーグが開幕する以前は、高校サッカーが育成のベースにありました。 林:1993年にJリーグが開幕し、ユースチームの立ち上げを促進しました。今までは高体連が選手育成のベースを担っていましたが、このままいくと、Jクラブのアカデミーが強くなり、高体連が衰退すると感じたんです。なので、有志で高校サッカーを考える会を立ち上げ、当時流経大柏(流通経済大学付属柏高校)の監督を務めていた本田裕一郎先生(現・国士舘高校監督)などと、育成年代の今後について議論をしました。  そこで1997年に関東スーパーリーグを創設し、2003年に9地域のプリンスリーグが整備されました。その中で当時の僕は「高校生であれば地域のリーグを戦い、全国大会は選手権やインターハイで経験できればいい」と感じ、現状の形式に満足をしていました。でも、当時帝京高校の監督を務めていた古沼貞雄先生は違い、「9地域の王者を決めれば、子どもたちは日本一を決める大会をやりたくなる」と提言されたんです。といっても、9地域で日本一を決めるには、優勝チームが奇数になるので大会方式が難しいし、僕は「高校生が飛行機に乗って毎週リーグ戦を行うのはどうなのか。平日に学校があるので一般論として許されないんじゃないか」と思っていました。それでもリーグ戦が重要だと考え、自分と小野剛氏、布啓一郎氏などで日本サッカー協会を口説いたんです。自分にとっても、5年間にかけて私的なリーグを運営した点は自信になっていたので、9地域の優勝チームを集める大会ではなく、プリンスリーグの上にプレミアリーグを創設するために動きました。

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