ホラー映画が好きなセントチヒロ・チッチ、日本の作品で「一番、怖い」と感じるポイントは?
日本の作品は“落とし方”が怖い
ここでホラー映画の歴史を紐解くことに。 諸説あるが、ホラー映画の起源は1895年にアメリカで公開されたモノクロサイレント映画『メアリー女王の処刑』。この作品は18秒のショート映画だったがインパクトは大きかったと言われている。その後、1910年に公開されたのが『フランケンシュタイン』。この作品はトーマス・エジソンが設立したエジソンスタジオが制作したホラー映画だった。 詩羽:どんなジャンルのホラーが好きとかあるの? チッチ:日本のしっかりとした心霊が好きで、日本のお化けが好きですね。(映画『リング』の)貞子みたいな。海外に行くとカルチャーがいろいろあるじゃないですか。そのなかで怖さの“落とし方”がだいぶ違ってくるんですよね。日本の落とし方が一番、怖くて。やっぱり日本人なんだなって感じますね。 その後、1920年にドイツの名作『カリガリ博士』が公開。1925年にはサイレントホラー映画の傑作『オペラ座の怪人』が制作される。1930年代から1940年代はサイレントから音声がある映画へと変化。1931年に『魔人ドラキュラ』が公開し、「これは怖い物語。(映画館から)出て行くなら今のうち」という注意喚起も流れるほどだったという。 時代は進み、1970年代になるとアメリカのホラー映画が勢いづいてくる。1973年には、少女の首がグルグルと回ったりブリッジ姿で階段を降りるインパクト十分の演出で話題を集めた映画『エクソシスト』が公開。1980年には『13日の金曜日』が、1984年には『エルム街の悪夢』が公開された。そして、1990年代にはあるインディーズ映画がホラーファンの間で話題になる。それが1999年公開の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』。この作品は超低予算で制作されたにもかかわらず、世界興行収入は日本円で約255億円を記録。疑似ドキュメンタリー(モキュメンタリー)という手法で制作された。 チッチ:この作品、大好きです。Tシャツを持っているくらい。 詩羽:知らない。 チッチ:これは本当にすごくて、いわゆるホームビデオみたいなもので撮っているのよ。 詩羽:なるほど。 チッチ:それがおもしろくて怖い(笑)。 詩羽:モキュメンタリーってめっちゃ怖いよね。私もときどき観ますけど、現実味があるから、想像ができちゃうホラーだと思うので。 ここでチッチが、詩羽の「あまりビックリさせない映画」というリクエストのもと、最近のおすすめ作品として『ヴィーガンズ・ハム』を紹介した。