6年佐賀に通う久住昌之が知られざる大イベント<バルーンフェスタ>で猛烈に感動。「これか。俺はこれが見たかったのだな」
◆感動の一斉離陸 そして競技が始まった。らしい。 会場に、ラベル作曲の「ボレロ」が大音響で流れ始めた。今にして思えば、これが合図だったのか。 すると次々にバルーンが上がり出した。どうやら一斉離陸だ。一斉、といっても全員一緒にヨーイドンではなく、気球が次々に、ランダムに、音もなく上がり続けていく。 これか。俺はこれが見たかったのだな。感激が静かに胸を満たしていく。 うわぁ、すごいすごいすごい。 無言で上昇する巨大でカラフルなバルーンたち。 まさにボレロがぴったりだ。最初「ラベルのボレロなんて、いかにもでわざとらしいな」と思ったが、そのうち、ラベルのボレロは、気球の一斉離陸のための音楽なんじゃないか、と思うほどピッタリすぎることに、ちょっと笑いながら感動していた。 秋らしい色濃い青空の中に昇っていく黄色いバルーン、赤と白のストライプのバルーン、いちご模様のバルーン、レインボーカラー、イラスト入り……。雄大な百花繚乱。 その色彩、その静謐な動き、気球同士のコンポジション、壮大な遠近感。全部含めて、空の立体動画シュールレアリズム。 ルネ・マグリットの絵画の現実全天空版。青空のグラデーション、そこに浮かぶうろこ雲、その手前に立体写真を見るが如く、誇張された遠近感をもって、じりじり遠ざかる色とりどりのカラフルな気球。 なんだろうこの光景は。完全に初めての視覚体験。味わったことない不思議な美しさ。
◆重量ゼロの感動 ボクの真上を新たに1機の気球が昇っていく。あそこには数人の人が乗っていて、バルーンを操作しているのだ。操縦士のひとりが手を振るのが見えた。観客も彼に手を振る。 「今俺は、猛烈に感動している」 というのは「巨人の星」の星飛遊馬の言葉だが、あのクソ真面目野球バカの笑っちゃう言葉をなぞるしかない俺が、佐賀の河川敷にいた。 花火大会とは全然違う天空ショーだ。 静かで、ゆっくり動いていく、数えきれない熱気球。 ボクはただ、目を丸くして空を見ている。知らない間に口があんぐり開いていた。そうして、熱気球群はゆっくりと小さくなり、点になり、見えなくなった。 気球は戻ってくることはない。目的地まで到達したら、着陸、畳まれて車に積まれ、次の競技地に向かう。行先はこのスタート地点とは限らない。たぶん戻らないだろう。 重量ゼロの感動で、地上のボクの心はいつまでもフワフワとしていた。 ※本稿は、『新・佐賀漫遊記』(産業編集センター)の一部を再編集したものです。
久住昌之