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〈激白〉木村花の母・響子さんが語る「娘はなぜ誹謗中傷されたのか、ずっと頭から離れない」

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婦人公論.jp

〈現在発売中の『婦人公論』9月23日号で激白〉プロレスラーとして活躍しつつ、若者に大人気のリアリティー番組『テラスハウス』に出演し、注目を集めていた木村花さん。しかし、番組での言動がSNSなどで誹謗中傷され、その後、自宅で亡くなっているのが発見されました。享年22。花さんはその人生をどんなふうに歩んできたのか。同じくプロレスラーだった母親の響子さんが、娘との日々を語りました。聞き手はジャーナリストの中村竜太郎さんです。(構成=中村竜太郎 撮影=本社写真部) 【写真】花さん1歳、7歳の頃の写真「目がクリクリしていて本当に可愛かった」 * * * * * * * ◆呼びやすくて覚えやすい名前に 中村 花さんは1997年生まれ、お父さんはインドネシア人で、響子さんが20歳のときに出産されたそうですね。 木村 私の実家は横浜で、お好み焼き屋を経営する母親と姉の3人家族。私はプロレスラーになりたくて、高校を1年で中退してFMW(フロンティア・マーシャルアーツ・レスリング)に練習生で入門しました。その後団体をやめて、バイトをしながら東南アジア一周旅行をしていて、バリ島で知り合ったのが別れた夫、つまり花のパパですね。 中村 それで恋に落ちたと。 木村 ビーチで観光ガイドをしていた彼は、貧しい人が理不尽な目にあうと涙を流して怒るような純粋さがあって、花の性格にも受け継がれている気がします。それから夫婦で日本に来たんです。出産前に相手が外国人だとか若すぎるという理由で親には猛反対されましたけど、9月に生まれた赤ちゃんの顔を見ると本当に幸せでした。しかもすごい安産で、ぷるんと出てきたという感じ(笑)。みんなが呼びやすくて覚えやすい、小学校1年で習う漢字がいいなと思って花という名前にしたんです。 中村 いい名前ですね。 木村 将来のためにお金を貯めようと、夫婦で朝から夜中まで休まず働いたんですけど……。言葉がわからず文化や風習も違う日本で彼が精神的に参ってしまって、インドネシアに帰ることになりそのまま離婚しました。 中村 そうでしたか。それからはどんな暮らしでしたか。 木村 幸い実家がお店をやっていたので、母親や姉に代わる代わる花の面倒を見てもらいながらそこで働きました。花は赤ちゃんの時から人懐っこい性格で、誰からも可愛がられて。近所のママが「花ちゃんを預からせて」と助けてくれたり、本当に愛情に恵まれたと思います。正直、お金はなかったですけどね。うちは母や姉、その子どもたちとにぎやかな大家族で、全員がおしゃべり大好き。花もそんななか、元気な子に育ってくれました。 中村 花さんが5歳の時に、響子さんはプロレスラーになることにしたとか。 木村 プロレスに対して未練があったんでしょうね。お世話になった先輩のハヤブサさんが怪我で入院されたのでお見舞いに伺ったら、「おまえもうプロレスしないのか」と声をかけられ、やるなら今しかないと思って。昼間の仕事をやめて、プロレス入りしました。 中村 花さんのお世話はどうなさっていたんですか? 木村 朝ご飯を食べさせて保育園に連れて行って、家事をしたら10時半。自転車で1時間かけて練習場へ行き、3時間練習して、一度保育園に迎えに行ってご飯を食べさせて、という毎日です。プロレスだけでは食べていけないので、実家に花を預けてから夜もバイトしていました。 中村 そうして、「ママはプロレスラー」という一風変わった親子になったわけですね。 木村 プロレスって引きこもりやヤンキーも受け入れてくれる懐の深さがあるんです。また選手同士のつながりがとても強くて、花の面倒もレスラーやファンがみてくれました。試合会場にもよく来ていたんですけど、「友達はディズニーランドや動物園へ行くのになんで私はプロレスなの?」と不満顔。でもそのうち声援を送ってくれるように。最初は「ママー、がんばってー」だったのが、毎回観戦しているうちに、周囲の影響からか「木村ーっ、絞れー」「あとちょっとでロープだー」って。 中村 木村ーっ、絞れー。(笑) 木村 そのうち私の友達に花が一所懸命、「あの選手はどういう選手でどういう技がすごいから、そのときになったら花が教えるね」って解説をしてくれるようになって。花ちゃんにプロレスのことを聞けばなんでもわかると。私がヒール(悪役レスラー)をやり始めたときには、帰宅すると小学校3年生の花が玄関で仁王立ちして、「なんであんなずるいことしたの」「あんなやり方で勝ってうれしいの?」って怒っていました。(笑)

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