希少疾患の治療薬、世界初の技術で開発中 起業と研究の二刀流に挑む熊本大の准教授
――Staple核酸によってmRNAの一部を折り曲げで構造体を作るとのことですが、いったいどういうことでしょうか。 DNAの右巻き二重らせん構造は有名ですよね。四つの塩基があって、アデニンとチミン、グアニンとシトシンが結合しています。いわゆるワトソン・クリック型塩基対ですが、実はDNAやRNAにはこれ以外の塩基対形成のパターンがあって、その一つにフーグスティーン型塩基対というものがあります。 そのルールでは、ナトリウムやカリウムといったイオンの存在により、グアニンとグアニンが結合し、G-tetrad(G-テトラッド)と呼ばれる平面構造を形成します。この平面構造が積み重なるとG-quadruplex(グアニン四重鎖〈G4〉構造)という強固な構造を作ります。 遺伝子の中でもグアニンが繰り返されている配列が多く集中している部分でこの構造は形成されますが、グアニンが繰り返されている箇所が離れている場合でも、Staple核酸を使えばこの構造体を作ることができます。Staple核酸が標的のmRNAに結合して一部を折り曲げます。すると離れていたグアニン同士が近づき、G-quadruplexを人工的に作り出すことができるんです。 先行2社の技術はRNAi(RNA interference:RNA干渉)と呼ばれています。先ほども言いましたが、彼らの技術が異常なたんぱく質を減らすことに対し、僕らの技術は減らすことも増やすこともできます。先行2社の技術を超えてやろうという野心を表現しようと考えて、「i」の一つ前のアルファベットでもあり、かつRNAを自在に操るという意味も込めてRNAh(RNA hacking:RNAハッキング)と呼んでいます。
――国際的な特許も取られているということですが、ずっとこの研究一筋にやってこられたのですか。 いや、実はそんなことはなくて、相当紆余曲折がありました(笑)。僕はそもそも医者になりたかったんですね。父親が医科系の短大で教鞭を執っていた関係で、医師という職業を子どもの頃から身近に感じていました。ところが大学受験で2浪しても医学部に合格できず、大阪薬科大(現・大阪医科薬科大)の薬学部に進学しました。 同じ医療の分野ではありますが、医師が直接患者の治療ができるのに対し、薬の研究はそうではありません。僕にとってこの二つの仕事は「似て非なるもの」でした。 医者になれないということに対して未練があり、全然勉強に身が入らなくて、大学院入試も第1希望の研究室には通りませんでした。 結局進んだのは第2希望の研究室で、DNAの研究をやっていたのですが、そこでも色々あっていづらくなり、共同研究先である京都大大学院の物理学の研究室に身を寄せてDNAの研究を続けていました。 博士課程に進む際、この研究室では専門違いということで、京都大大学院の別の研究室に入りまして、そこで取り組んだのが、Staple核酸の技術のヒントになるDNAのナノ構造体を作る研究だったんです。 どういう研究かと言いますと、「DNAオリガミ」と言って、DNAの鎖を折り紙のように折りたたむことでナノサイズの二次元、三次元の様々な形状を作る技術のことです。ニコちゃんマークや星形など、色んな形が作れます。 DNAと言えば二重らせんですが、一部のウイルスはとても長い1本のDNAしか持たないものがあります。これを使い、200本以上の短いDNA(staple strand)を結合させるのですが、DNAの塩基は決まった組み合わせでしか結合しないので、鎖を折りたたんででも目当ての組み合わせで結合しようとします。そうやって1本の長いDNAが様々な形を作っていきます。 この技術は半導体チップの開発などのほか、3次元の構造体にすれば、その中に薬を入れて体内の目当ての場所に運ぶドラッグデリバリーの手法とか、そんなナノレベルの応用が期待されています。 でも当時の僕は自分がやりたいこととはちょっと違うかなと思いまして。医者になりたかっただけに、人の病気を治すための何かしたかったので、「もっとできることを増やしたい」「技術を身につけたい」と考えて、さらに別の研究室に行きました。そこで出合ったのがRNAのG4構造(G-quadruplex)でした。どの遺伝子がこのG4構造を持っているのかを調べる研究に取り組みました。