希少疾患の治療薬、世界初の技術で開発中 起業と研究の二刀流に挑む熊本大の准教授
――そんな希少疾患の治療薬の開発に取り組まれているわけですが、次世代の創薬として注目される核酸医薬の技術を使っていますね。中でも世界初の技術である「Staple核酸」の活用に取り組んでいます。従来の創薬とどこが違うのでしょうか。 先ほども言いましたが、希少疾患の多くは、遺伝子の変異が原因とされています。それによって異常なたんぱく質が作られたり、正常なタンパク質が不足してしまったりすることなどが起きてしまい、様々な病気を引き起こします。 これまでの薬の開発だと、この病気の原因となるたんぱく質に直接狙いを定めていました。ところがたんぱく質は構造が複雑で、効果的な薬を作る作業は、込み入った形状の鍵穴にぴったり合う鍵を探すようなものです。膨大な時間と巨額なお金がかかることが多く、それだけつぎ込んでも期待通りに効果が上がらないということもあります。 これに対し、僕が取り組んでいる核酸医薬では、たんぱく質が作られる前の段階を狙います。たんぱく質は、その設計図とも言えるmRNAの塩基配列(遺伝暗号=コドン)をリボソームが読み取って作られるわけですが、例えば人工的に作製した短い核酸(siRNA)を体内に投入し、標的となるmRNAに結合させて切る(分解させる)ことで、病気の原因となるたんぱく質の生成を妨げる手法があります。アメリカの二つの製薬会社が先行して技術を確立していますが、このやり方だと、標的以外のmRNAに結合してしまった場合は副作用が生じることがあります。 これに対し、僕らの技術はmRNAの形を変えることで作用するので、想定外の位置に結合してしまっても、副作用が出ないと期待できます。仕組みとしては、Staple核酸と名付けた短い核酸(糖、リン酸、塩基で構成)が標的となるmRNAの2カ所に結合し、それによって標的となるmRNAに立体的で特殊な構造体を作ります。この構造体はとても堅固で、文字どおり障害物となってリボソームの読み取りを阻むため、異常なたんぱく質が生成されないというわけです。 先行2社の技術ともう一つ違うところは、異常なたんぱく質を減らすだけでなく、正常なたんぱく質を増やすこともできる点です。 mRNAは自らを分解したり、作ったりしています。分解が始まる端っこに同様の構造体を作ってやることでmRNAを分解する酵素が進んでくるのを阻むため、mRNAの分解を遅らせることができ、その間、正常な正常なたんぱく質を作る時間稼ぎをするというわけです。 例えば、両親からそれぞれ受け継いだ二つの遺伝子のうち、どちらかに変異があることで発症する「ハプロ不全症」という遺伝疾患があります。一つの正常な遺伝子からできるたんぱく質だけでは体の機能を補いきれない状態になるわけですが、ハプロ不全症に分類さている希少疾患の薬を私たちは開発しています。Staple核酸でたんぱく質を作るmRNAの分解を食い止め、たんぱく質の生成量を増やすことができるかもしれません。病気の原因は異常なたんぱく質の増加もあれば、必要なたんぱく質の不足ということもあるので、Staple核酸を使った技術は、そのどちらにも応用できるのではないかと考えています。 開発費用と時間についても将来的には大幅に削減できる可能性もあります。すでに研究レベルでは薬の合成は圧倒的に安くて簡単にできます。今のところ実際に製品化されている医薬品としては、核酸医薬は世界で最も高価ですが、流通が活発になれば価格も下がるでしょう。