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宮西尚生の偉業を支えた常識破りの投球術。 「使えねぇな」から屈指のリリーフへ

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◆張本勲が落選!? 八重樫幸雄の日本ハムベストナイン>> 「北の鉄腕」が語るリリーフの極意 前編 【写真】衣装がセクシー&キュート!プロ野球球団の美女パフォーマーたち  プロ入りした2008年から昨年まで12年連続で50試合以上の登板を続け、日本球界を代表するリリーバーとなった日本ハムの宮西尚生。8月12日にプロ野球史上初となる通算350ホールドを達成。9月19日のロッテ戦で通算登板試合数が720に達し、歴代12位の記録となった。  そんな"北の鉄腕"が、初の著書『つなぎ続ける心と力 リリーフの技&受け継ぐ魂のバイブル』(廣済堂出版)を刊行。幾多の緊迫した場面を潜り抜け、チームの勝利を手繰り寄せてきた投球術も記されている。今回は、アマチュア時代から宮西を知る筆者が、取材を通して知り得た極意の一端を紹介する。  13年前の2007年ドラフト当日。某雑誌の依頼を受け、筆者は宮西尚生を取材するために関西学院大の一室にいた。  この年のドラフトは高校生と、大学・社会人選手を分けて指名する「分離ドラフト」の最終年。雑誌編集者からは「2巡目以上の指名なら行数を取るので、たっぷり書くように」と言われていたが、宮西は日本ハムから大学・社会人ドラフト3巡目指名。原稿は、本人のコメントを数行入れただけのコンパクトなものになった。  それが当時の宮西の評価だった。大学2年春に、リーグ戦で48回1/3無失点。2年後のドラフトの目玉になる勢いがあったが、4年時にフォームを崩して不調に陥る。それぞれ1位指名でプロ入りした、同級生の大場翔太(東洋大→ソフトバンク)、長谷部康平(愛知工大→楽天)、加藤幹典(慶応大→ヤクルト)らに大きく水を開けられ、ドラフトの結果もその評価通りになった。  ここで宮西の負けん気に火がついたが、1年目の1軍春季キャンプで待っていたのは、ふたつのダメ出しだった。

初日の投球練習が終わったところで梨田昌孝監督(当時)に呼ばれ、腕を下げて投げるよう指示を受けた。フォーム改造、つまり、「今のままでは通じない」ということだ。もっともこれは、宮西の指名を後押しした山田正雄元GMの「大学2年の時の状態が一番よかった。あの時のフォームに戻せば化けるかもしれない」という進言を受けてのものだった。  事情を知らない宮西は少なからずショックを受けたが、梨田監督の指示をすんなり受け入れた。その理由を、宮西は次のように語る。 「大学4年の時に思うような投球ができなくて、プロ入り当時は不安しかありませんでした。ブルペンで先輩投手たちのボールを見ても、レベルの差は明らか。自信を失ってのプロ入りでしたから、現状を素直に受け入れて、フォームの修正にも前向きに取り組めたんでしょう」  もうひとつのダメ出しも、このキャンプ初日に受けた。ブルペンでスライダー、カーブ、パーム......と持ち球を投げたあと、捕手を務めた鶴岡慎也の第一声は「使えねえな」だった。あらためて口にされるとこたえたが、続けてのひと言が宮西にとって救いになった。 「使えるのはスライダーだけだ」  大学時代からの決め球が、プロの世界でも命綱になった。終わってみれば、サイドスローにフォームを変えた宮西は1年目でシーズン50試合を投げ、2勝4敗8ホールドという成績を残した。  そこから積み上げたホールド数は、歴代1位となる356(9月19日現在)。宮西は折に触れ、厚澤和幸、吉井理人といったコーチ陣に対する感謝の言葉を繰り返してきたが、市立尼崎高校時代から彼を知る筆者は、「あの宮西が......」という思いを年々強くしていった。

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