旅先で仕事「ワーケーション」ってあり?なし? 世界遺産の合掌造りで3泊4日の体験ルポ
旅先で休暇を楽しみながら仕事をする「ワーケーション」。新型コロナウイルスの感染リスクを抑えた、新しい働き方として国も推進している。10月下旬、富山県南砺市の世界遺産・相倉合掌造り集落一帯で3泊4日のワーケーションが開かれた。働きながら休むというスタイルは「あり」か「なし」か。北日本新聞の特派員が参加者の1人として寝食を共にし、現状や普及への課題を探った。 【写真】家族団らんに見えますが…実際はビジネス談義の最中です ■コロナ禍で関心、流行語大賞候補にも 湖面に映る木々が色づき始めていた。富山県南砺市の白山国立公園内にある桂湖オートキャンプ場。県外ナンバーのキャンピングカーや四駆車が続々と集まり、テント設営が始まった。 キャンプ場は21区画あり、電源やトイレなども備える。手際よくテントを立てる参加者の横で、1人用のテントを広げた。中にマットを敷き、寝袋と毛布を敷き詰める。外見はイモムシのような見た目だが、寝るには十分。今にも雨が降りそうな天気だけが心配だ。 ワーケーションは、仕事(ワーク)と休暇(バケーション)を組み合わせた造語。通信環境の進展により、2010年ごろから海外で広まり、コロナ禍で関心が高まった。2020年の新語・流行語大賞の候補にもなっている。今回の事業は、新型コロナの感染リスクが少ない自然の中でワーケーションに取り組める環境を提供しようと、北日本新聞社が出資したまちづくり会社のTOYAMATO(青井茂社長)が環境省の補助を受けて初めて実施した。 ■全国から30人、職業もさまざま 今回参加した約30人は、東京や大阪、京都、長野など全国から集まり、職業もIT関連や製薬会社に勤める会社員から大学研究者、フリーランスのデザイナー、ライターなどさまざま。まずはビジターセンター内に集合し、自己紹介の後、グループに分かれ、「平日の桂湖の活性化につなげるワーケーションの在り方」をテーマに意見交換。積極的に手を挙げる人ばかりで、「夜の湖面を使ったナイトダムシアター」や「推理小説の舞台として映画ロケを誘致」といった意見が飛び出すなど会場は熱気に包まれた。 夜のバーベキューまで少し時間がある。会社からのメールを確認するためパソコンを開き、来週の打ち合わせ日時についてメールで返した。「東京からの急ぎの仕事があった」という人もスマホを手にパソコンを広げ、リモート会議をしていた。山間部のため、やや電波が悪いものの、無線LAN「Wi-Fi」などの通信環境があれば、東京でも富山でもどこでも仕事ができるようだ。コロナ禍を機に、テレワークが進んだ恩恵だろう。 ■仕事しながらキャンプファイヤー 雨が本降りとなり、バーベキューは急きょ、屋内のビジターセンターで行った。キーマカレーや海鮮アヒージョ、シュラスコなどの本格料理を手に、会話が弾む。 自己紹介から名刺交換、その後、スマホを差し出して互いにフェイスブックの友達申請やインスタグラムのフォローが始まった。スピード感あるビジネスに今やSNSは欠かせない。「今度、東京で会いましょう」「ぜひ、長野にも遊びに来てください」。意識の高い人が集まっていることもあり、初対面からほんの数時間で打ち解け、共通の趣味から新規ビジネスまで話が尽きない。所定の2時間はあっという間だった。 外に出ると、ほろ酔いも覚めるほどの雨風だった。あるグループがテント前で起こしたたき火に混ぜてもらい、暖を取った。パチパチと燃える火を眺めているだけであったまる。ここでもスマホを手に、パソコンを広げて打ち合わせをする姿が。このたき火の様子をSNSで発信すれば「映える」のは間違いない。「おやすみなさい」とあいさつを交わし、1人用のテントに向かう。外は真っ暗で、テントの中もスマホのライトだけ。満天の星空は見えず、テントをたたく雨と風の音に不安を感じながらも、案外眠ることができた。 ■温泉の後にリモート会議、自由度高く 翌朝はテントの雨漏りで目が覚めた。びしゃびしゃのテントを何とか畳んだが、濡れた服と冷えた体を何とかしたい。参加者も考えは同じで、2日目の拠点である相倉合掌造り集落へ向かう途中、国道沿いにある「くろば温泉」に立ち寄った。露天風呂から眺める庄川の水面が美しい。風呂から上がり、休憩スペースでは、地元の常連客の中に混じり、早速、パソコンを開いてリモート会議をする人もいた。急な予定変更で、首にタオルをかけて画面に映る姿も、自由度が高いワーケーションならではだ。 求人アプリ運営の「タイミー」(東京都豊島区)の社員6人に同行した。「スキマバイト」という働き方を提供する同社は、新しい働き方の旗振り役としてワーケーションを推進している。南砺市内のワークスペースでは、社員がパソコンを広げ、耳にイヤホンを差し、リモート会議や打ち合わせ、企画書づくり、顧客サポートなどを行っていた。「通信環境があれば、富山でも東京と変わらず快適で、業務に支障はない。富山は空気がおいしく、景色もいい。気分が変わってリフレッシュできるので、むしろモチベーショーンも上がります」。入社1年目の広報・PRの加藤彩花さん(22)は笑顔を見せた。 ■地元の幸や交流、おもてなしも魅力 お昼時。いつもはコンビニ弁当を個々に食べるランチが多いそうだが、この日は全員で近くの「だるま寿司」へ。奮発して3000円のにぎりを頼み、店主と会話も楽しんだという。 加藤さんは「富山の魚のおいしさに驚いた。東京なら倍はする。店の方も気さくで、福光の歴史や文化なども聞けてすごく楽しかった」。すしを1貫ずつスマホに収める「イマドキ女子」が、地元の幸や人との交流を積極的に求め、楽しんでいる。その充実した表情を見ると、富山県民として率直にうれしかった。 同社は4月からテレワークに移行しており、新人同士が顔を合わせて仕事をする機会がなく、コミュニケーション不足が心配だったという。加藤さんもその1人で「ワークだけだと、カジュアルな関係をつくりにくい。その点、東京を離れ、富山で寝食を共にすることで社員の一体感や業務効率の向上につながれば」と期待する。宿泊は合掌造りの民宿を選んだ。「あと数時間仕事をして、夜は世界遺産に泊まる。普通じゃあり得ない。土日は完全オフなので、和紙作りやトレッキングで五箇山を満喫したい」と目を輝かせた。 ほかの参加者も夜には五箇山合掌集落へ入り、五つの民宿に分かれて過ごした。イワナが焼かれたいろりを囲んで非日常を味わいつつ、民宿のWi-Fiにパソコンをつないで仕事をする人の姿があった。3泊4日と短いスケジュールだったが、五箇山から高速道路を使って富山県内全域に足を延ばすグループもあり、思い思いに仕事と休みを両立させた様子だった。 ■仕事と休暇の両立に戸惑いの声も ワーケーションは「あり」か「なし」かの答えは、人によって異なる。業種や業務内容、仕事への姿勢やもっと言えば、その人の生き方そのものに左右されるからだ。 会社員であれば当然、企業側の理解も欠かせない。参加者からは「どこでも仕事ができる」と歓迎する声の一方で、「仕事と休暇の区別ができず、結果的に仕事が進まなかった」と戸惑う声も聞かれた。 ただ、印象的には、ルーティーンの仕事をこなす場ではなく、そこに集まった人たちとの交流そのものに価値を見いだす働き方だと感じた。旅先で仕事をする、というよりは、旅先で新たな仕事が生まれるイメージだ。場所や環境を変えて、普段接しない人たちと議論することで世界や視野が広がり、人脈やネットワークも築ける。企業の研修や異業種交流会などにはもってこいだ。ビジネスの種を探すベンチャーやスタートアップ企業、新規ビジネスを立ち上げたい企業には適した働き方かもしれない。 ■自治体で誘致合戦が過熱 ワーケーションをめぐっては、全国の自治体が誘致や移住支援を組み合わせた施策を打ち出している。秋田県や香川県は官民挙げて推進組織を設立したほか、静岡市や群馬県みなかみ町は新幹線での通勤費を補助。岩手県西和賀町は空き家改修に最大100万円を出し、長崎県島原市は旧邸宅をシェアオフィスとして貸し出す。 コロナ禍で定着しつつあるテレワーク、リモートワークに必要な通信環境の整備はもちろん、観光地や休暇先として「行ってみたい」と思わせる仕掛け。誘致合戦は、今後ますます過熱しそうだ。 (まいどなニュース/北日本新聞)
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