年末年始、自分の人生を振り返るのにぴったり!?|角田光代さん『銀の夜』
角田光代さんの5年ぶりの長編小説は、15年前、直木賞受賞時に書かれた作品です。「登場人物が作者を超えて勝手に動く経験などいっさいなかったが、今回、初めて体験。小説とは生きものみたいなものではないかと感じている」と明かします。角田さんが単独インタビューで語ったのは?
登場人物たちが勝手に動きだす、という初めての経験をして驚いた小説です
直木賞作家・角田光代さんの5年ぶりの長編小説『銀の夜』は、私立女子中高一貫校出身で高校時代にはバンドでメジャーデビューしたこともあるちづる、麻友美、伊都子の3人が主人公です。ですが、35歳の現在、ちづるは売れないイラストレーターで夫が浮気中、麻友美はセレブママになり一人娘を芸能人にするべく奮闘中、伊都子はカメラマンになるべく苦戦中。物語は3人が日々、焦りや苛立ち、虚しさを感じながらも前進していこうとする姿を追います。 この小説は角田さんが『対岸の彼女』で第132回直木賞を受賞した’04年ごろに執筆されました。 「’16年の暮れ、大掃除をしたときにまっさらなゲラが出てきました。自分の原稿だろうとは思いつつもどうしても思い出せず、ツイッターで“謎のゲラ発見”とつぶやいたところ、宮下奈都さんから“雑誌『VERY』で連載していた小説では?”と連絡をいただきました。『VERY』と聞いて呼び起こされるものがありまして……。当時、連載にあたり『VERY』を読むと“家庭も仕事も充実していて”“いつもきれいにして”“シーンごとに洋服も替えて”とある。一生懸命読む人ほど、そんなことができず華やかな自分になれない葛藤を抱えて苦しくなるのではないか、そんな女性たちの話を書こう、と。でも、連載終了後、単行本にするには話が予定調和的でつるつるしている気がしたんでしょう。読みやすくてわかりやすいけど、考えさせるような小説ではない気がして、当時の私は好きじゃなかったんでしょうね」 このころ、角田さんは長年の執筆手法を変えようとしていました。 「少女小説から出発し純文学を書いていましたが、デビューして十数年がたち、そのやり方が通用しなくなっていました。仕事も減ってきていて、今の書き方ではいずれ仕事がなくなると思い詰めていました。文体が持つ意味を考えたり、自分が書いた小説が文学的に何に到達したのかと考えたりするのも苦しくて……。それで’04年に文章重視ではなくストーリー重視にしようと決め、緻密なプロットを作って書く方法に意識的に変えました。この小説を連載していた時期は、その真っただ中でした」 ’19年秋、改めて本作を読み返した角田さんは愕然とします。 「小説が完結していると感じたからです。登場人物たちの世界が閉じてしまっていて、作者であっても入れない感じがしました。よく“登場人物が勝手に動きだして物語が進んだ”という作家がいますが、私にはそういう経験がいっさいなく、毎回苦労しながら登場人物たちを動かしていましたから、そう感じたことに本当に驚きました」 今、推敲すると大幅に加筆することになってしまう――。角田さんは15年の重みを感じました。 「彼女たちはこの閉じた小説の中で生きていて、今50歳になっている気がしました。と同時に、この35歳のころは彼女たちにとって黒歴史だとも思ったんです。だとすると50を過ぎた私が直すと黒歴史を消そうとするかもしれない(笑)。でも、この小説はこのままの形で残したほうがいいという直感がありました。あとは読者の方に好きに読んでいただければ、と思っています」 角田さんは続けます。 「こういう恥ずかしいと思うような経験を抱えた50歳が、どう黒歴史を隠し、人生に折り合いをつけるのか。そんなことを考えると、この続きを書いてみたいような気がちょっとはしています(笑)」 描かれるのは“今の自分に満足できず、七転八倒するけど諦めたくもない”女子の姿。コロナ禍で息苦しかった’20年の年末年始にこそ読みたい逸品で、辛くても立ち上がれる日は来ると元気が出ます。