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松田聖子の80年代伝説:力強いキュートな声で『裸足の季節』『青い珊瑚礁』が大ヒット!

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昭和から令和へと変わってもトップアイドルとして輝き続ける松田聖子さん。カセットテープ1本から彼女を発見し育てた名プロデューサー・若松宗雄さんが、24曲連続チャート1位という輝かしい伝説を残した松田聖子さんのシングルと名作アルバムを語る連載。80年代カルチャーで育ったライター・水原空気がインタビュー。 デビュー曲『裸足の季節』には伝説が満載だった!! ライター水原(以下M) 『裸足の季節』の思い出は? 若松宗雄さん(以下W) よく覚えているのは、レコーディングのときに聖子が泣き出してしまったことです。デビューするまで、かなり時間がかかって苦労したので、クライアントや関係者が集まった中でレコーディングできることに感激したんでしょう。もう一つは初めてのテレビ出演。日本テレビの生放送の公開番組だったのですが、サビの♪エクボの~のところで喉が閉まって声がつまってしまった。生放送でお客さんもいて。初めてのテレビは勝手が分からずに緊張したんでしょう。ただ、歌い終わった後に舞台の袖で思わず私が怒ってしまい。 M えーー!? W 私もなんとかヒットさせたいという気持ちが強かった。サビのミスについて強く言ってしまって。聖子は、口ごたえもせずにじっと我慢して聞いてました。でも、とにかく根性がありますから少々のことは大丈夫。 M その後出演した生放送の『夜のヒットスタジオ』では、どこまでも声が伸びるパワフルな名唱を残されています。 W リラックスして、伸びやかに歌ってましたね。失敗してもすぐ立ち直るのが聖子のいいところ。絶対に引きずらないんです。 M 歌うときもいつも笑顔で、しぐさもかわいくて。 W それを悪く言う人もいたけど。笑顔は人を幸せにしますからね。 M 聖子さんはドリフなどのお笑い番組でも活躍されました。 W その辺の反射神経の良さも天性のものでしたね。デビュー前に放送局や出版社に連れていくと「あの子いいね」とみんながファンになっていく。ちょっとした一言も機転が利くし、さっぱりした明るい性格ですから。 M いまどきの言葉で言うと「自己肯定感」が強い。 W まさにそうです。当時放送されていたレコード会社対抗の運動会の徒競走でも、勝ち抜こうと最後まで頑張る。それを見たレコード会社の宣伝部のスタッフも一目置き始めてましたから。 M 当時アイドルはテレビの水泳大会や運動会にも必ず参加していました。聖子さんも、「騎馬戦などが怖いのだけど一生懸命笑顔でいようと努めていた」と後に発言されています。『裸足の季節』は資生堂の「ekubo」という洗顔フォームのCMソングでしたが、聖子さんにエクボができず歌だけが流れたエピソードは有名です。 W 一回CMタイアップも消滅しそうになったのだけど、博報堂の方が曲を気に入ってくださって。当初は歌手クレジットもなかったのですが、でも歌手ですから、結果的に歌声が話題になって注目されてよかったと思います。 M 若松さんも「声」で聖子さんを発見されたのですよね? W いちばん最初は、プロフィールの写真もよく確認しないまま、テープだけ聴いて福岡に会いに行きましたからね(笑)。 M 聖子さんのエピソードは、どれも少し神がかっています。お父様の反対もあって時間がかかり1980年の4月にデビューしたことも含めて、全てに必然性を感じると言うか、偶然じゃない気が。 W でもね、まだ上京する前に東京まで彼女が来たとき、帰りに羽田まで見送ったのですが。モノレールの中で「この世界は努力しても売れない場合もある。運もあるし。でも僕は聖子さんに賭けるから、聖子さんも信じて歌に賭けて頑張って欲しい。ただ、もし3年やって芽が出なかったら、そのときはきっぱり歌手をやめる覚悟で」と話したことがあります。夕陽がきれいだったので、よく覚えていますよ。まだプロダクションも決まっておらずデビューすら不確定な時期でしたから。 フレッシュなリゾート感も声そのものから発信!! M デビュー当時の曲でもう一つ触れるなら『青い珊瑚礁』のB面『TRUE LOVE~そっとくちづけて~』。A面のハイトーンが注目されがちですが、低音の透明感もすごい。 W その辺は作曲の小田さんの歌唱指導があったと思います。B面はのちにB面だけでベスト盤を出したくらいどの曲もすばらしくて。 M そして『青い珊瑚礁』のインパクト。初めてCMで聴いた時はテレビを二度見しました。 W 歌い方は聖子のオリジナルです。初期は小田さんに多少指導していただいた部分もあるけど。ヴォイストレーニングの先生にも発声だけ教えてくださいと伝えてありました。歌はオリジナリティと印象が大事なので、声楽的に真面目に歌ったり、(90年代以降のように)コンピューターで音程を整えると、どんとんその人の魅力が削がれていく。新曲もほとんど直前に渡して歌っても3から4テイクくらい。フレッシュなインパクトを大切にしていました。 M 裸足の季節も、上手く聴こえすぎるテイクをあえて選ばなかったそうですね。 W 採れたての新鮮さが大切ですからね。でも、それがよかったと思います。何度も歌い込まずあまり手を加えないほうが歌のメッセージが強くなる。僕は仮歌でさらっと歌うくらいが、いちばんその人らしさが出ると考えています。 M 聖子さんはのちにテレビ番組で由紀さおりさんの『生きがい』を子供時代の好きな曲として話されています。最近ではハリウッド映画の挿入歌にも使われた曲で、ハイトーンと抑えめな歌声のコントロールが絶妙で。結構マニアックな選曲だと思ったのですが。 W 歌は確かに好きだったと思いますよ。由紀さんの透明感ある歌声に惹かれたのもよくわかります。聖子も僕も感覚人間だから、ものすごく音楽的に詳しいわけではないけど、いいものは感覚的にわかるし、いただいた曲を直感的に自分のものにする能力もすごかった。私も自分が感覚的に気持ちがいい方に、メロディやアレンジを修正してもらったり。 M そして、お二人とも性格が明るい。 W 何があっても引きずらないからね。切り替えて笑顔で次の現場に向かう。タフです。そしてこの年はすぐ4か月後に、もう1枚アルバムを出したんです。 若松宗雄/音楽プロデューサー わかまつ・むねお 一本のテープを頼りに松田聖子を発掘。芸能界デビューを頑なに反対する父親を約2年かけて説得。1980年4月1日に松田聖子をシングル『裸足の季節』でデビューさせ80年代の伝説的な活躍を支えた。レコード会社CBSソニーではキャンディーズ、松田聖子、PUFFY等を手がけ、その後ソニーミュージックアーティスツの社長、会長を経て、現在はエスプロレコーズの代表に。

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