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MLB通算319発フィルダー氏、転機は阪神時代「日本でプレーして自信ついた」

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Full-Count

1989年、阪神で106試合に出場し38本塁打、打率.302と好成績を残したフィルダー氏

 他球団や他リーグへの移籍が転機となり、才能を開花させるケースは往々にしてあるが、MLB通算319本塁打を放ったセシル・フィルダー氏の飛躍のきっかけとなったのは、はるか海の向こう、日本の阪神でのプレー経験だった。地元紙「デトロイト・フリープレス」がフィルダー氏の特集記事でその阪神時代にも触れている。 【写真】「お兄ちゃんと、偶然空港で」…新井良太氏が実兄・貴浩氏との久々“兄弟共演”ショットを公開  記事では「デトロイト・タイガースのセシル・フィルダーは30年前のタイガースタジアムでの一発でHRのスーパースターになった」との見出しで、1990年、51本塁打を放ったメジャー復帰1年目のシーズンを紹介している。1985年にブルージェイズでメジャー初昇格となるもなかなか出場機会に恵まれなかったフィルダー氏は、その前年の1989年に4番打者としてレギュラー確約のオファーがあった阪神に入団。106試合で38本塁打、打率.302と助っ人として申し分ない活躍だった。  フィルダー氏は「私は毎日プレーしたかった。そしてその機会がトロント(1985~1988年)ではなかった。日本でプレーして自信が付いた。打者としての自分の存在意義を学ばせてもらった」と当時を回顧。日本での経験を糧にデトロイト・タイガースでメジャー復帰を果たすと、その年にメジャー13年ぶりとなる51本塁打を放ち、翌1991年と2年連続で本塁打、打点の2冠を獲得するなど輝かしい成績を収めた。 「私はごまかし行為はしていなかった。本物だった。ステロイドは必要なかった」とするフィルダー氏。プレースタイルも文化も異なる日本で心機一転を期し、見事に結果を残して自信を掴んだことで、帰国後の成功に繋がった体験を語っている。

Full-Count編集部

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