なぜWBC世界戦で拳四朗はファイトスタイルを180度変え矢吹正道にKOでリベンジを果たすことができたのか…完成への苦悩と覚悟
加藤トレーナーがひとつの約束を拳四朗に持ちかけたのだ。それは試合後に勝っても負けても記者会見に応じるという約束だった。9月の矢吹戦では、カットした目の上の傷が深く、パンチのダメージも負ったため、検査と治療のため病院へ急がねばならない事情があって、関係者が「取材はなしでお願いします」と伝えたにすぎず、何も本人が会見拒否したわけではなかった。だが、加藤トレーナーは、「逃げたわけではないが、隠れちゃった拳四朗」が気になり「負けは恥じゃないんだよ」と説いた。 「その言葉が大きかった。やってきたことを出せば負けても恥ずかしくない。試合前に気持ちが変わった」 これで勝負して負けてもしょうがないと腹が固まったのだ。そして信頼で結ばれた2人は、わずか2か月半ほどでファイトスタイルの変貌という大作業をやり遂げたのである。 カモフラージュ作戦も徹底した。新型コロナ禍の影響で報道陣にスパーリングを見せる機会はなく、公開練習では、昔と同じスタイルで、ほぼ左ジャブだけのミット打ちを披露。会見でも「これまでのボクシングを貫き通す」とコメントした。 「心の中ですいませんと思いながらだった。だからあまり答えなかったでしょ」 緑ジムの松尾会長は、拳四朗が1ラウンドから攻撃的に出てくることは予測していた。 「前回は4ラウンドまでの採点がうちにきたことで拳四朗は5回から強引に行かざるを得なくなった。今回は、その5回からの戦いで最初からくると思う。ただ矢吹のパンチも生きている段階で前に来れば、カウンターの餌食。早く試合は終わりますよ」。 しかし、ここまでの変貌を遂げているとの情報は耳に入っておらず、想定外のサプライズに矢吹が動揺している間に試合が終わっていた。 加えてコンディションも前回と違っていた。負けた試合では、直前に罹患した新型コロナの影響で減量にも苦しみ、調印式の時点でプラス1.2キロもあり、ホテル内であわてて落とした。それが今回は同じ時期に800グラム。わずか400グラムの差が、拳四朗のファイターへの変身を支えていた。 一度は真剣に引退を決意した。王者陥落後にも友人や知人から「チャンピオン!」と呼びかけられる度に、「もうチャンピオンじゃないんだけど」と、心を痛め、やがて悔しさがこみあげてきた。その悔しさが、拳四朗に再起を決意させることになるのだが、負けたからこそ、ここまで大胆なスタイルチェンジを決意できたのである。 試合後、リング上で拳四朗は矢吹に「強くさせてくれてありがとうございました」と語りかけたという。それは本音だろう。陣営がJBCに提出した「故意バッティング疑惑」の質問状やWBCのダイレクトリマッチ指令などがあり異例の因縁のリマッチとなったが、あの負けがなければ、拳四朗が新境地へ挑むことはできなかった。 今後も、このスタイルで戦うかどうかは相手との噛み合わせもあって、わからないというが、ボクサーとしての幅が広がったことは事実。いつでもこのスタイルで勝負できる。自信と同時に拳四朗は、30歳にして「進化」という武器を手にしたことになる。 潔く完敗を認めた矢吹は、拳四朗に「今日は強かった。あのスタイルやったら、ずっと防衛できると思いますよ」と敬意を表した。