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コロナで亡くなった志村けんが死ぬ間際まで欲しがっていたもの【サンデー毎日】

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サンデー毎日×週刊エコノミストOnline

人気コメディアンの志村けんさんが、新型コロナウイルスによる肺炎で急死してから3カ月が経過しようとしているが、いまだに志村さんを悼む声が絶えない。 「いかに老若男女に愛されてきたお笑いタレントだったかが分かります。志村さんは死ぬ間際まで『子供だけは欲しい』と言っていた」 と明かすのは、志村さんの飲み友達の番組プロデューサー。 「3月の初めに何度か、志村さんと飲んだとき、『子供が欲しい』としみじみ言うんです。『それならつくればいいじゃないですか』と言ったら、『そういう相手がいないだよ』と言ってました」 志村さんの一番のファンを自任し「孫の顔が見たい」と常々言っていた母親の和子さんが5年前に他界。 葬儀で志村さんは号泣した。 「これまで、芸能人も含めて、何人も同棲した経験があったんですが、結婚には至らなかった。それだけに母親に負い目があった。子供をつくる相手を探していたんです」(親しい広告代理店関係者) 70歳まで独身を通してきた志村さんは人気がブレークした頃から、女性の接待が伴う、銀座、六本木、麻布十番などの繁華街を飲み歩くのが日課になっていた。 「志村さんの最後の番組になったテレビ朝日系のバラエティー番組『あいつ今何してる?』の収録があった3月10日にも何軒かハシゴして、10年来行きつけの麻布十番のガールズバーに寄りました」(スポーツ紙記者) 冒頭の番組プロデューサーは「その日は志村さんから『今日は銀座の『B』というクラブに行く』という連絡がありました」という 「志村さんの元カノが六本木から銀座のクラブに移った。それで銀座通いが復活した。元カノの店と同じビルにある『B』がお気に入りで、その日も行っていた」 銀座のクラブ関係者は「志村さんは『B』によく来てました」と話す。子づくりの相手を探していたのか? 最後まで「子供が欲しい」と言っていた言葉が悔やまれる。 (本多 圭)

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