白亜紀末大絶滅はなぜ起きた?(上)-“化石記録”ミステリーの歴史
化石記録における大絶滅の研究は大きく二つのものが鍵となる。先ず具体的にどのような化石種やグループがどのようにして死に絶えたのかを探る「大絶滅のパターン&プロセス」。そしてこうしたデータの検証をもとにはじめて何が原因で滅んだのか、いわゆる「大絶滅のメカニズム」に踏み入ることができる。この研究過程は殺人現場において刑事がこつこつ証拠を集め(=データの収集)、容疑者を特定し(=パターンとプロセスの分析)、その動機を推理し突き止める(=原因・メカニズムの解明)のに似ているかもしれない。シャーロック・ホームズが歴史上最初にサイエンス的思考法を犯罪捜査に取り入れた先駆者といわれる所以もここにあるかもしれない。 さてここで重要な点が一つある。科学者の説く化石グループの絶滅メカニズムはあくまで「仮説にすぎない」ということだ。何千万年・何億年も前に起きた出来事を探求する時、(後述するように)化石記録には非常に限られたものになる。タイムマシンでも使わない限り実際はるか太古の昔に起きたことなど確かめようがない。 例えば白亜紀末―約6600万年前―に起きたとされる恐竜の大絶滅。一般には巨大隕石が(現在の)メキシコ湾内に衝突し、その影響による大津波や核の冬のよう気候の大変化に伴う二次災害が直接の原因だと考えられている。本当だろうか?
実はこの恐竜の大絶滅の原因に関する仮設だが、一古生物研究者から言わせていただくと「非常に限られた」化石データに基づいている。例えば今のところ白亜紀末から新生代初期と断続しいる地層から見つかる恐竜(注:全ての恐竜は陸地に住んでいた。大型の海生爬虫類は恐竜とは全く別の爬虫類グループ)の化石は、北アメリカ大陸の一部の地域(ロッキー山脈沿いのモンタナ州、ノースダコタ州とカナダのアルバータ州)からのものだけだ。かなりの数の化石がK-Pg(=K-T)境界線(脚注6)と呼ばれる地質時代の境目のすぐ間下の地層からかなり見つかっている。よく知られているものとして大型獣脚竜T. rexや角竜トリケラトプスなどがある。地層毎に化石の産出状況をくわしく調べてみると、どうも(鳥類を除く)恐竜はこのK-Pg境界線の頃に「突然姿を消した」という結論が導き出された。 しかし「いや、恐竜は実は長い時間をかけて段階的に絶滅へ向かった」と考えている古生物研究者も、実は(かなり)いる(脚注7)。どんなデータを具体的に使っているのか、そして化石記録をどう読み取るのかで結論に違いが出てくるのは、殺人事件などにおいて行われる弁護士と検事のやり取りのようなものなのかもしれない。(ミステリー小説や映画のシーンでお馴染みのシーンを思い起こしていただきたい)。同じような証拠(データ)をもとにしているのにもかかわらず、両極端な結論―例えば有罪か無罪か―が導かれるケースが多々ある。 「北米以外で恐竜はどのように絶滅したのだろうか?」。当然出てくるであろう問いかけだ。しかし今のところ恐竜学者ははっきり答えられるだけのデータをもっていない。恐竜以外の他の生物グループも同じような絶滅パターンを示しているのだろか? 陸生と海生動物で違いはあるのだろうか? どうして両生類や亀、ワニ、哺乳類などの(小型な)陸生動物の多くが生き延びられたのだろうか? 同じ地域に住んでいた動物と植物に違いはないだろうか?海生爬虫類モササウルス類(=海トカゲ)や首長竜は全ての種が姿を消したが、陸地に住んでいた恐竜と同じ原因がもとなのだろうか? こうした疑問は古生物研究者から打ち出の小槌のようにいくらでも出てくる。そしてこうした細かなデータをかき集め吟味することによって、このK-Pg大絶滅における原因・メカニズムのミステリーに挑戦できるはずだ。 さて11月7日付けの学術雑誌に発表された陸生植物の白亜紀末における絶滅パターンの研究論文(脚注8)から、私は何か重要なメッセージが得られるとにらんでいる(確信している)(Image 1参照)。その詳細は次回に述べてみたい。