フレデリック三原健司、フロントマンとしての意識 その変化に迫る:インタビュー
4人組バンドのフレデリックが22日、New EP『ASOVIVA』をリリースする。2020年2月に横浜アリーナ公演を成功させ、2021年2月23日に日本武道館公演も決定しているフレデリック。今年初となる音源『ASOVIVA』はリモートで制作され「Wake Me Up」、7月に先行配信された「されどBGM」など新曲4曲に加え、7月に行われたアコースティックオンラインライブ『FREDERHYTHM ONLINE「FABO!!~Frederic Acoustic Band Online~』より「リリリピート」「ふしだらフラミンゴ」、初回盤にのみ「終わらないMUSIC」DVDには「FABO!!」のライブ映像を収録。インタビューでは、横浜アリーナ公演を振り返ってもらいながら、彼らが提示するASOVIVAとはどんなものなのか、このコロナ禍で考えたていたことから、フレデリックのフロントマンとしての変化について、三原健司(Vo.Gt)に話を聞いた。【取材=村上順一】
自分達が“遊び”を提供する
――横浜アリーナという大舞台での公演、どのような気概で臨みましたか。 今となってはこんなに新型コロナがここまで続くとは当時は思ってなかったです。今は目の前のことに、色んな状況がありつつも自分達の音楽を届けたくてあの場に立ちたかった。『終わらないMUSIC』というタイトルで横浜アリーナでやったきっかけも、康司の曲が音楽に対するラブソング、音楽のことを歌っている曲が凄く多いなということに気づいて。そういうものをアリーナで表現できないかなと思った時に、音楽をより深く聴いてもらえるアプローチをしたいと思った公演でした。約7カ月経ったいま、より意味が深くなっているのを感じてます。あのとき横浜アリーナをやれたのとやれてないのとでは、今の状況も全然違うだろうなと。 ――7月にその模様を収めたDVDがリリースされましたが、その映像を客観的に観てどんな気持ちになりました? 映像になった時も含めてどう楽しめるかということを演出も含めて考えていました。「峠の幽霊」の演出は真っ暗なんで、初めて観る人は驚くと思うんです。 ――確かに(笑)。 自分の理想通りのものができたし、DVDを観て「これ、フレデリックをもっと好きになるんじゃないか」と凄く感じたんです。「この曲あまり聴いたことなかったけど、歌詞はこんなこと歌ってたんや」とか、そこに改めて自分が気づかされる瞬間があったなと。やった自分自身がそう思うくらいなので、きっと初めて観る人は特にそう思ってもらえるんじゃないかなと改めて感じました。 ――フレデリックのライブを何回も観ている自分も、凄く新鮮なライブでした。あの公演から間もなくして緊急事態宣言が出て、フレデリックが水面下でどう動いていたのか気になります。 緊急事態宣言が出て、アリーナ規模のライブが軒並み中止になって、自分達としては3月も対バンイベントへの出演が決まっていたり、4、5、6、7月も自分達の企画をはじめとして、色々予定が詰まっていました。3月いっぱいライブができませんという状況になって。先のことがある程度予想できたので、レコーディングのことなど、色々話し合っていました。 自分達の動きは決まりましたけど、お客さんに向けて何もしないというのはどうなんだろう、と考えました。その中で寄り添うことも大事だと思うんですけど、一緒に「大変だね」と寄り添うよりは、自分達が“遊び”を提供する、自分達の楽しいと思うものを提供し続けるスタイルは変わらず、ライブでやっていたものをそのままSNSに落としこもうということになって。3、4月は自分達のできる範囲でSNSで自分達の音楽を聴いてもらったり、その中に「ASOVISION(アソビジョン)」というコンテンツをYouTubeに作ったりしていました。 ――みんなを巻き込むというのはフレデリックの真骨頂だと思います。 それと並行して、1年間スケジュールを出してまた来年の2月までに武道館のライブを発表していたし、そこに向けてちゃんと自分達がどういう音楽を残していくのか、ということを大事にしたかったから、絶対今年中にレコーディングをしたいとなったんですけど、東京は5、6月はレコーディングスタジオにすら入れない状況になっていて。 ――厳しい状況ですよね…。 でも、そのまま先延ばしにして「いつか良いタイミングが来れば」というのもフレデリックらしくないと思ったので、全員で音楽機材を集めてリモートでレコーディングに挑戦したり。その間も並行して「ASOVISION」だったりYouTubeやSNSでお客さんに色々提供しつつも、裏では曲を制作していたんです。 ――「ASOVISION」はこのコロナ禍で生まれた企画でしょうか。 “ASOVIVA”とか“アソビ”というのは元々考えていたことです。こういう時期だから“遊び”を提供しようとなったわけではないんです。日本武道館でのライブを決めたときのことです。僕らは日本武道館を目指すことが目標ではなくて、そこで何をするのかがフレデリックにとって一番大事だと思っていて。 その中で僕が「日本武道館を遊び場にしたい」という話をして、そこから“遊び”という言葉が生まれ、そこに向けて2020、2021年は走りだそうと始まっていたんです。コロナ禍が重なってしまいライブができない状況になってしまったけど、“遊び”というスタンスだけは変わらずに進んでいました。やりたいことをそのまま表現して、今はこの状況がよりその意味を作ってくれているような感覚もあります。 ――『ASOVIVA』という今回のEPのタイトルは、“遊び場”を普通にローマ字に変換したら「ASOBIBA」だと思うのですが、“VIVA”=“生きる”という意味と掛け合わせているのがより意味を深めているなと思います。 自分達の「されどBGM」という曲でも言ってる通り、<たかがBGM されどBGM たかが人生で、されど人生です>なんです。自分達の音楽を鳴らしたりとか、“遊び”というのがフレデリックにとっての人生というところもあるので、それもあって“ビバ”は“VIVA”にしようとなって。 ――それによって意味の重さが変わりますよね。30代のフレデリックはこうなっていくのかと。ちなみに30歳になって、半年が過ぎましたが何か意識は変わりましたか。 精神面は全然変わってないですよ(笑)。4人とも20代前半みたいなテンションですから。でも音楽やスタンスは意識するようにはなりました。でも、「30代なったからちょっと落ち着こうか」じゃなくて、「30代だから“遊び”という言葉を多用した方が面白くない?」という話をしていて。「30代なのにまだまだこの人達攻めるんや」という方が、僕は人生楽しいと思うし、そういう人達に憧れてきたので。そういうところで30代というのは意識しているところはあります。 ――その中で、健司さんが「変わった方がいいこと」と「変わってはいけないこと」の2つで思うことは? 変わった方がいいなと思ったのは考え方です。この状況って、何もしなければ本当に何もしないままになるじゃないですか? 自分達で言えば、レコーディングスタジオで録音ができなければ待つしかないという選択をしてしまうと『ASOVIVA』も生まれなかったし、その間に待っている人達も今いないわけで、自分達の音楽として、キャリアとしてのアップデートもできないわけで。そういうところで自分達の中で思考停止するよりかは、自分達さえ変わればなんとかなるところは絶対変えていこうと思いました。 ――能動的に動くことは重要ですよね。 変わらずにいたいなと思っているのは、自分の立ち位置を大事にしたい、芯は絶対にブレたくないなというのはありました。このコロナ禍において、人と人との繋がりもより意識するようになるというか、そう思わざるをえない瞬間ってあると思うし、普段こういう状況だからこそ見える人間性だったり、それに触れる瞬間も多かったからこそ思ったことです。自分は自分のやり方があるんだろうなと。そこに引っ張られそうだからこそ、自分はそのままのスタイルで行こう、何かを絶対作り続ける人であり続けようと。