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「世界まるごとHOWマッチ」チャック・ウィルソン、50年の日本生活で実感「日本には心がある」

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テレビに出たおかげで“信用”がうまれた

 厚切りジェイソンやパックン(パトリック・ハーラン)など、多くの外国人タレントが流暢な日本語を駆使して芸能界で活躍している。もはや日本語が流暢な外国人は珍しくないが、欧米系でその先駆けとなったのが、1980年代に活躍していたチャック・ウィルソンさん(73)だ。クイズ番組「世界まるごとHOWマッチ」や特番「オールスター感謝祭」(ともにTBS)の相撲対決で人気だったチャックさん、今、どうしているのか。東京メトロ・赤坂見附駅で待ち合わせたチャックさんに聞いた。 【写真】愛車にまたがりご機嫌のチャック・ウィルソンさんの実際の写真  テレビによく出ていた頃と、やってることはずっと変わりません。「チャックウィルソンエンタープライズ」という会社の経営者。運動、食事、生活習慣、性格、家族……あらゆる面を考えて心身をケアして、健康づくりをするお手伝いをする会社。具体的にはトレーナーの派遣、総合スポーツクラブの企画提案、健康カウンセリング、2000年からパーソナルトレーニングもやってます。これが本業。経営者だから週7日、1日12時間仕事。“休む”という言葉はチャック・ウィルソンの辞書にはありません! お客さんに責任があるから。 「チャックウィルソンエンタープライズ」は「世界まるごとHOWマッチ」に出ていた1987年に作りました。それまで、アメリカ人が作った麻布のスポーツジム「クラークハッチ体育センター」の共同経営者で、北アジアの本部長でした。テレビに出て信用を得られて、独立する勇気ができました。それまでは怪しい、何を企んでいるかわからない外国人だと思われてたけど、テレビに出たらガラッと周りの目が変わった(笑)。僕はひとつのスポーツジムだけじゃなくて、できるだけたくさんの所で運動の正しいやり方を指導して、たくさんの人を健康にしたいから、独立して自分の会社を作りました。

バブル崩壊直後は倒産寸前に!

 テレビに出たきっかけは、「クラークハッチ体育センター」の会員だった番組プロデューサーのスカウト。もともとテレビは興味がなくてほとんど見ない。だから、遊び半分の気持ちだった。ケント・ギルバートは弁護士で優しかったけど、僕は言葉が乱暴だったから面白がられたんだと思う。バブルがはじけたら、お金払ってテレビに出たい人が出てきて、僕の出演料を払う制作会社が減っていった。僕のギャラ? 「世界まるごとHOWマッチ」で1回10~15万円だったかな。共演した(ビート)たけしさんとかとは、番組外での付き合いはなかった。僕は食事会とか興味ないから。  バブルのときは20人ぐらい社員を雇っていました。でも、1990年にバブルがはじけたでしょ? 1990年6月15日には何十億円が動く仕事をしていたのに、6月30日にはゼロ! 倒産ギリギリだった。社員を3人までに減らして「来月、社員の給料どうやって払おう?」って思ってたら、たまたま友達の友達が名古屋の社長さんを紹介してくれて、その会社と契約して運動機器を病院に販売する営業を、月の半分を名古屋に単身赴任して5年間やった。その後、友達の紹介で茨城や東京の病院に生活習慣病の予防のための運動施設を作って、プログラムを作って、アドバイスしたり指導したり。こんな感じで会社を続けてきました。去年から会社の事務所は大田区の自宅。ほんと、波瀾万丈ね!

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