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レムデシビルを開発したギリアド社は「政治銘柄」

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【医療の裏側】840万円のC型肝炎薬で躍進、日本で備蓄4650万人分のタミフルも

 5月8日、安倍首相はトランプ米大統領との電話会談で、前日、厚生労働省が新型コロナウイルスの治療薬として特例承認した抗ウイルス薬「レムデシビル」について必要な量を供給するよう要請した。トランプ大統領も協力する意向を示した、と複数のメディアが報じている。安倍首相と側近の官邸官僚は、米国製のレムデシビルと、遅れて承認する国産のアビガン(富士フイルム富山化学)の導入に前のめりだ。  が、しかし、その効果は不透明で、レムデシビルについては「政治銘柄」の色彩が濃い。  レムデシビルは、米ギリアド・サイエンシズ社がエボラ出血熱を対象に開発を進めた静注薬である。ウイルスのRNAポリメラーゼを阻害する作用がある、といわれるが、臨床実験では肝機能障害や、腎機能障害、下痢などの頻度が高く、重篤な多臓器不全や急性腎障害といった副作用も報告されている。新型コロナ患者に効くかどうかは不明だ。  特例承認の可否を議論した厚労省薬事・食品衛生審議会医薬品第2部会では、さまざまな意見が出た。同省医薬品審査管理課の吉田易範課長は、「データが十分ではない、情報が足りていないのは事実なので、色々な議論があった。ただ、こういう状況なので、今後の情報提供なり、報告などを受けてしっかりと確認するということで、最終的には全会一致で特例承認して差し支えないと結論された」と日経バイオテク(5月8日付)の取材に答えている。  じつは、日本では「特例承認」という言葉が飛び交っているが、米本国ではいかなる疾病の治療にもレムデシビルは適用されていない。ギリアド自ら、「remdesivir(レムデシベル)は現在開発中の薬剤で、いかなる用途でもFDA(米国食品医薬品局)の承認を得ておらず、remdesivirに関連して現在実施中の試験や追加して行われる臨床試験において良好な結果が得られない可能性があるほか、ギリアドおよびその他の団体がこれらの試験のうち1件またはそれ以上を予定通りに完了することができないか、または試験の中止に至る可能性もあります」とホームページで堂々と告知している(5月6日付)。  効果も不確かなレムデシビルが早々と「特別承認」された背後には、どんな事情があるのか。ギリアド・サイエンシズ社とはどのような会社なのか、ざっと俯瞰しておきたい。  ギリアド社は、米国の政治家たちとかかわりの深い会社だ。元米海軍軍人で、ジョージ・W・ブッシュ政権で国防長官を務めたロナルド・ラムズフェルドは、回想録『真珠湾からバクダッドへ』で、1997年ごろにギリアド社に重役で入った経緯をこう述べている。  「私は次第にカリフォルニア州にあるギリアド・サイエンシスという設立されたばかりの小さな会社に関わるようになっていった。ジョンズ・ホプキンス大学で医師の資格を取得し、ハーバード大学でMBAを修めたマイク・リオーダンが、小さなベンチャーとして立ち上げた会社だった。やがて、同社は初期のエイズ治療薬の一つを製造した。後に、今日のHIV治療の柱となっているビリアード(通称テノウォヴィル)やインフルエンザ治療薬タミフルも開発した」  ラムズフェルドは、自らの役割を、こう語っている。  「私は早くから同社の重役になることに同意し、最終的には会長になった。同社の可能性を拡大し、資金を集めるため、一流の人材を取締役会に招き入れた」  ギリアドの役員にはジョージ・シュルツ(レーガン政権の国務長官)、カリフォルニア州知事だったピート・ウィルソンの妻も入っている。1999年、FDAは、ギリアドが特許権を持ち、スイスに本社を置くロシュがライセンス供与を受けて全世界での製造、販売を企図するタミフルを承認した。間をおかず、EMA (欧州医薬品庁)も承認する。  ラムズフェルドが2001年にジョージ・W・ブッシュ大統領のもと国防長官に就任すると、日本はタミフルに保険適用した。折しも米国は「年次改革要望書(日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本政府への米国政府要望書)」で、規制緩和、市場開放を日本に強く求めていた。医療分野では「提言」として次のような要求が並んでいた。 ・革新的な医療機器・医薬品が確実に導入され、タイムリーに使用されるようにし、「市場の役割を認める価格設定をする」。そのような製品が、革新的な製品の価値を下げる恣意的な価格操作の対象にならないことを保証する。 ・医療機器、医薬品、特に日本では導入されていないが他の主要国で入手可能な製品の承認を促進する措置を引き続き取る。  要するに米国の医薬品は、日本の薬価制度で縛らず、言い値の薬価を設定しろ、他国で承認された医薬品はすぐに承認しろ、と求めている。こうした圧力を受けながら、日本はタミフルを大量に輸入した。2003年末以降、アジアを中心にヒトにも感染する「高病原性鳥インフルエンザ」が発生すると、日本はタミフル「備蓄」の先頭を走る。  04年8月、小泉政権は、国と都道府県で計1千万人分を国家備蓄する方針を固める(その後、抗インフルエンザ薬の備蓄は増え、2019年末時点で約4650万人分)。一定量は流通備蓄薬とし、インフルエンザの流行状況に応じて市場に出す。日本は世界一タミフルを使う国となった。2005年のFDAの小児諮問委員会への報告では、タミフルの全世界使用量のうち、75%を日本が占めていた。  タミフルで飛躍したギリアドは、次々とバイオ系製薬企業を買収し、2013年にはウイルス性C型肝炎の治療薬「ソバルディ」の米国承認を取得した。従来のインターフェロン治療のような発熱や倦怠感、食欲不振などの副作用がなく、しかも治癒率95%という驚異の薬だった。  問題はその値段だ。ギリアドは、13年末、米国でソバルディ1錠=1000ドル(約10万円)で売り出す。患者は1日1錠、12週間、トータルで84錠。840万円以上の薬代がかかる。ギリアドは、瞬く間に年商を倍増し、2014年の医薬品売上高で前年の世界18位から9位に急浮上した。  ギリアドの値付けに対し、自由の国、アメリカでもさすがに反発が起きた。高額の薬剤費を払わされる保険会社が不満を募らせ、加入者に使用制限をして訴訟が起きる。社会的批判が高まり、処方薬の保険請求をチェックする「薬剤給付管理(PBM)」の大手が「大幅値下げをしなければ薬剤採用をしない」とギリアドに圧力をかけた。  しばらくしてソバルディの値段は半分の500ドルに下がったのである。ギリアドは、生き馬の目を抜くような医薬業界で急速に成長している。  現時点で、ギリアドは、レムデシビルを世界で150万回分(10日間投与=14万人分)を無償提供する方針を示している。その範囲内なら日本にも無償で提供されるのだろうが、アメリカ第一のトランプ大統領のこと、どれだけ日本に回されるかわからない。効くかどうか不明でも「人道的」に提供する価値はある。  ギリアドにとって新型コロナ禍は、自社イメージを好転させ、世界的に知名度を上げる好機なのかもしれない。 ■山岡淳一郎(作家) 1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。

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