「人口3千人」日本の村が見つけた少子化対策…「将来の親」たちの雇用
2024年アジア未来フォーラム 人口3千人台、今年初めて下回ったが 隣の村に比べて減少傾向が緩やか 村の企業「田園プラザ」が軌道に乗り 雇用提供と人口流入の「好循環」 教育・住居支援など生活の質向上にも取り組む 「政府予算の適材適所への配分が必要」
日本が政府レベルで少子化対策を政策課題として初めて認識したのは1989年の「1.57ショック」の時だ。合計特殊出生率(女性が15~49歳の間に産むと予想される平均出生児数を表す指標)が従来の最低値だった1966年の1.58よりさらに低下したことを受け、日本社会が大きな衝撃に陥った。以後、1994年に初めての総合対策である「エンゼルプラン」を樹立し、2003年に少子化社会対策基本法を制定するなど、危機を乗り越えるため多様な政策を施行した。しかし、日本の合計特殊出生率は昨年1.2と過去最低水準に低下した。年間出生数も2022年に史上初めて80万人を下回った。 韓国は日本と10~20年の時差を置いて少子化、人口減少の危機に陥っている。韓国も2005年の少子高齢社会基本法の制定以来、20年近く少子化危機を乗り越えるためさまざまな取り組みを行ってきた。しかし、昨年の合計特殊出生率が0.72と世界最低水準に下がり、今年はさらに低くなる見通しだ。このまま行けば、人口縮小を通り越して消滅するかもしれないという危機感が広がっている。尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は6月に人口統計学的緊急事態を正式に宣言した。 少子化の危機を克服するためには、結婚・出産・養育支援だけでなく出産休暇・育児休職活性化など仕事と家庭の両立が必要だ。また、住居や雇用、教育などの社会構造の改善はもちろん、性平等を含む社会文化環境と価値観の変化まで全面的な対応が求められる。韓国は社会構造、文化、意識などで日本と類似点が多い。日本の成功と失敗、試行錯誤が韓国に与える示唆点は何だろうか。ハンギョレはその答えを求めて9月初めに日本を訪れた。 「うちの村には子どもが3、4人いる家庭が多いんです」 群馬県川場村に住むサトウ・ク二コさん(38)は5人の子どもの母親だ。ハンギョレは9月4日、川場村の新築庁舎でサトウさんに会った。サトウさんの子どもは9歳から2歳の双子まで4男1女。子どもが多い理由について「よく分からないが、やはり村の雰囲気のようだ」と笑顔を見せた。「周りが子どもをたくさん産むから、自然にそうなったと思う。都会に住む友人たちにも不思議がられる」。結婚当初はなかなか子どもができず、あきらめかけたが、5年目に第1子が生まれ、以後第3子まで続いた。これで終わりなのかなと思っていたが、2年前に双子が生まれた。サトウさんは「出産祝い金として4人目、5人目の子どもを合わせて130万円(現在は祝い金が150万円に増額された)を受け取った」と語った。 元看護師のサトウさんは専業主婦だったが、3年前から村の介護医療院で週3日働いている。もともとは東京の総合病院で働いていた。13年前、結婚とともに川場村に移住した。警察官の夫は東京近郊出身で、田舎暮らしに憧れて群馬県への勤務地変更を志願したという。 子どもたちの声が響く川場村は、他の村とは異なり、人口減少とは無縁のようにみえるかもしれない。しかし、現実は違う。今年8月基準の川場村の住民は2999人で、初めて3千人を割った。10年前の2014年の3464人に比べると13.4%減少した。日本全体が人口減少に苦しんでいるが、川場村のような日本の中山間地域の減少スピードはさらに速い。群馬県内の35の市町村(日本の基礎自治体)のうち、2040年までに20の市町村が完全に消滅し、川場村を含む15の市町村だけが生き残るものとみられる。 川場村の状況は他の地域より比較的良いものの、決して安心できる状況ではない。合計特殊出生率が日本全体と同様に低下傾向にある。2015年の2.13から2019年は1.05まで下がった。昨年は0.76に急激に落ち込んだ。合計特殊出生率が1以下を記録したのは初めてのことだ。川場村の外山京太郎村長(61)は「周辺の村では人口減少が緩やかな川場村を羨んでいるが、生存に満足するわけにはいかない」とし、「人口減少を防ぎ、合計特殊出産率を2022年水準(1.48)に引き上げるために、総力戦を繰り広げている」と語った。 人口減少を防ぎ、より多くの子どもたちが生まれるようにするための解決策は簡単だ。村を離れる人より新しく入ってくる人が多く、子どもが生まれる環境を作れば良い。カギは、将来親になる若者たちが生活できなければならないということだ。そのためには雇用と所得が必要だ。川場村は村の企業である「田園プラザ」を中心に雇用と所得作りに成功したと評価されている。田園プラザは川場村の主産業である農業・林業と観光業を融合したもの。地域の特産品を売る農産物センター、地域農産物を材料に使う食堂、チーズ・ヨーグルト・手作りビール工場、観光センターを運営している。地域の名所となっている田園プラザを訪れた観光客は、昨年260万人にのぼった。永井彰一社長(61)は「若者たちが村で生活するためには所得が必要であり、所得のためには仕事が必要だが、田園プラザが仕事を提供し所得を保障する役割を果たしている」と語った。 今年竣工した村庁舎は、川場の発展を象徴する。「100年先を見据えた自主自立の村づくり」をモットーにした。政府支援を受けた40億円を超える建築費は人口3千人の小さな村にとっては大きな規模だ。隣の村でも多くの関心が寄せられており、外部からの転入を誘導する効果を期待している。 川場村は出生率を上げるため、他の村にはない差別化された支援を行う。5人の子どもの母親であるサトウさんは、子育てで最も大きく役立つ支援として「村で100%責任を負う子どもの医療費」を挙げる。日本の他の地域は子どもの医療費を政府が一部だけ支援し、残りは保護者が負担するが、川場村は全額支給する。川場村の医療費全額支援対象は、もともと出生後から中学生までだったが、昨年から高校生にまで拡大した。川場村は小中学生のための100%無料給食も推進している。 出生率を上げるには、教育や住居など生活の質を上げることも欠かせない。日本も韓国に劣らず教育熱、入試熱が高い。子どもの教育負担によるストレスは、結婚や子どもの出産をためらう主な原因の一つに挙げられる。川場村は教育を村の競争力にすることを目指している。現在、小学生は141人、中学生は85人だが、生徒数が減り続けている。今は学校を維持できるが、今後5~6年後には断言できない。川場村の宮内伸明教育長は「生徒減少で教育の質が落ちることを防ぐために小学校と中学校の統合を進めている」とし、「川場村が教育に本気であることを広めれば、教育に関心の高い親たちが川場村で暮らすことを望むだろう」と語った。群馬県内ですでに4校で小・中学校の統合作業を終えた。 川場村は今年4月から、子どものいる外部の人が入村して家を新築したり家を買ってリフォームした場合、1年に最大200万円まで支援するプログラムを始めた。3月には川場村への移住を希望する人の相談会などを設けたイベント「カワバフェス」を開いた。住む家さえあればすぐにでも転入したいという家庭が3世帯もあったという。川場村にある会社で働きたいという人もいた。今年10月中に2回目の行事を開く計画だ。村に外部の人が住む土地が足りないことを受け、昨年から村全体を対象に調査を行い、空き家66軒を捜し出した。家主に売買や賃貸の意思を確認し、移住希望者とつなげる計画だ。 川場村には高校がなく、中学を卒業した後は都市の上級学校に進学するしかない。これは都市での就職につながる。若者たちが再び村に戻ってくるようにするためには、都市に匹敵する良質の働き口を作るのが課題だ。小林巧健康福祉課長は「娘が3人いるが、みな東京で就職している」とし、「娘たちと一緒に暮らしたいが、現実的に容易ではない。川場村近辺では東京レベルの給与が出る働き口を探すのは難しい」と語った。村では田園プラザにも継続的に賃上げを要請しているという。 日本政府はこども家庭庁の発足を機に、新たな対策をまとめ、少子化予算も大幅に増やした。しかし、川場村のような小さな行政単位である市町村ではその効果を実感するのが難しい。外山村長は「学生たちの給食支援費や出産祝い金はすべて村の独自財源で支給されるが、政府が予算を適材適所にきちんと配分すれば、出生率も自然に上がるだろう」とし、「新首相(インタビュー後、石破茂首相が選出)には本当に子ども政策に対する理解と意志がある人が選ばれてほしい」と語った。 川場村/クァク・ジョンス|ハンギョレ経済社会研究院先任記者、録音:キム・ヒョジン研究補助員(お問い合わせ japan@hani.co.kr )