「イスラム国」拘束事件が今後の日本に残したもの 国際政治学者・六辻彰二
イスラム全体を敵にしたわけではない
その一方で、ISはイスラム圏を代表するものではありません。ISの支配地域で、スンニ派を中心に、一部の住民が自発的にISに参加していることは確かです。また、欧米諸国だけでなく、中国や東南アジアから北アフリカに至る80ヵ国以上から1万5,000人以上の外国人戦闘員が集まっているといわれます。 しかし、ISの支配地域から逃れてくる難民には、シーア派やその他の宗派の人々だけでなく、スンニ派の住民もいます。また、外国人戦闘員の本国では、いずれの政府も取り締まりを強化しています。つまり、イスラム圏諸国の政府は、立場に関わらず、公式にはISと対立しているといえます。さらに、イスラム聖職者の多くも、預言者ムハンマドの正統な後継者を指す「カリフ」の称号を勝手に用いるISやバグダディ容疑者を批判しています。 したがって、これまで以上に日本とISの間にある「敵―味方」のラインが鮮明になったとはいえ、日本がイスラム圏全体を敵に回したわけでないことは、頭に入れておく必要があるでしょう。
課題としての米国との距離感
2月2日の参院予算委員会で安倍首相は、有志連合への後方支援を含む軍事行動を否定した上で、中東向けの人道支援を拡充することを強調しました。 難民向けの人道支援とはいえ、少なくともISからみれば、それが有志連合をバックアップする「敵対行為」に当たることは確かです。とはいえ、それは人道支援の本来的な主旨に合致するだけでなく、対テロ戦争の文脈においても不可避の選択といえます。既にISが日本を「敵」と位置付けている以上、もはや「関わらなければ安全」といえません。むしろISの勢力を低下させるために、できる協力をすることが、日本にとっての安全につながるといえるでしょう。
ただし、そこで注意すべき点として、米国との距離があげられます。人道支援を行うにしても米国との協力は欠かせませんが、その一方でパレスチナ問題やイラク戦争を背景に、中東に根深い対米不信があることも確かです。米国のシンクタンク、ピュー・リサーチ・センターが2013年に行った世論調査によると、「米国に好感をもつ」比率は、世界平均で63パーセントでしたが、中東平均では21パーセントと際立って低いものでした。 やはり米国と同盟関係にあるヨーロッパ各国の場合、イラクでのIS空爆などで協力しながらも、中東へのアプローチや対テロ戦争で、米国と常に足並みを揃えるわけではありません。例えば、1970年代以降、米国が支援するイスラエルと距離を置き、シリアでのIS空爆にも参加していません。 つまり、米国との協力は重要ですが、中東であまり露骨に米国と肩を並べれば、それはかえって日本にとってのリスクになるといえます。したがって、米国と協力しながらも、いかにこれと距離を保つかが、日本の大きな課題といえるでしょう。