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マンガ家マンガの好著 松苗あけみ『松苗あけみの少女まんが道』(ぶんか社)|マンガ停留所

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中条省平 私が松苗あけみのマンガに目覚めたのは、『ロマンスの王国』においてでした。  時は1990年代の初め。すでに株式市場でバブル崩壊は起こっていましたが、日本人は物質文明の泡沫に溺れるような日常を続けていました。そんな時代の風土に『ロマンスの王国』はぴったりでした。 生活に困るようなことは何ひとつない、自意識だけが研ぎ澄まされた美男・美女が、自分にとって理想的なロマンスを求めて右往左往するという、ユーモアたっぷりの恋愛喜劇の連作なのです。 しかし、そこには同時に、日本の少女マンガが創造してきた美しい恋愛ロマンスの、ありとあらゆるかたちをさらに畸形的に洗練させ、しかし距離をおいて眺めるような、じつに冷静なまなざしがありました。 にもかかわらず、『ロマンスの王国』には、日本の少女マンガの最も重要なテーマである恋愛への純粋な憧れもしっかりと感じられて、けっして、空想のなかで自分を見失う登場人物たちを残酷に冷笑するようなパロディにはなっていなかったのです。 少女マンガとのこういう距離のとり方ができるマンガ家はちょっとほかに見当たりませんでした。ですから、私は、この松苗あけみという作者がどのようにしてマンガ家として自己形成してきた人なのかということに非常に興味があったのです。 今回ご紹介する『松苗あけみの少女まんが道』は、その30年来の私の疑問にストレートに答えてくれる自伝的マンガです。 昭和30年代初め、松苗表具店という東京23区の外れで襖や障子を作っている家の娘として生まれ、「りぼん」「少女マーガレット」など少女マンガの雑誌にはまり、マンガファンの友人たちができて、仲間の紹介で一条ゆかりのアシスタントの仕事に入り、内田善美や吉野朔美と友だちになり、20歳くらいでマンガ家としてデビューし、その後、雑誌「ぶ~け」に連載した『純情クレイジーフルーツ』がヒットし、講談社漫画賞を受賞するという20代までの経歴を淡々と語っています。 最後には、バブル期に5千万円の頭金で30年ローンの一戸建てを購入し、ほぼ20年かけて1億1千万円の借金を完済したというエピソードも語られます。 ほかの綺羅星のごとき天才女性マンガ家たちに比して、自分をまったくの鈍才のように描きだしているのはちょっと信じられないのですが、その実直で謙虚な人柄は確かに伝わってきますし、読んでいてとても気持ちがよく、1980年代の日本少女マンガ界の記録としても非常に貴重なものです。いわゆる「マンガ家マンガ」として必読の好著として推薦したいと思います。 しかし、あの『ロマンスの王国』の少女マンガに対する奇妙に醒めた距離感が、松苗あけみという人物のどこから発しているのかという私の疑問は、最後までついに解消されませんでした。不思議なマンガ家というほかありません。 ■中条省平 1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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