座長勇退・辻本茂雄の囲み取材全文「僕は吉本新喜劇が大好き」
今後の茂造さんの出番は?
──座長じゃなくなってしまうと、茂造さんの出番というのも そうですね、やっぱりなかなか奇抜なキャラで、なかなかこれをうまいことまわしてくれる方がいないのかな。先ほども言いましたけど、11年間続けてこられたというのは、2週間のイベントで6千人以上のお客様が足を運んでくださる、このイベントを大切に、茂造シリーズはあと何年も続きますし、座長の時は新喜劇を背負っているのでネーミングとかもずっと考えてたんですけど、なんばグランド花月の方は「辻本新喜劇」で。辻本をつけたら「なにすんねやろ?辻本ワールドみられるのかな」ということで名付けました。 ──寛平さんとの思い出ですが、やっぱり感謝ですか。 そうですね、それをきっかけに寛平兄さんがすごく仲良くしてくださって、寛平兄さんと2人で全国コントツアーも回りました。にしきのあきらさんと寛平兄さんと3人芝居もしました。 本当にあの方にはお世話になって。そのときにつかってくれたからこそ、僕の今の立ち位置があるというか、座長なれたのもそうかもしれませんし、たぶんあごネタだけやったら座長になってへんのちゃうかなと。
プロデューサーに「一年間、茂造をやらせてください」とお願い
──平成から新時代、次の時代になったら茂造も変わったりとか そうですね、こっちの芝居は茂造のままじゃなく、違う茂造になるんですね。例えば「茂造が過去に戻ったらニューハーフやったん」とかね。例えば少年時代やったら、少年時代を描いてみたりとか。今回もまったく違う新キャラで茂造が出ております。 ──あごネタは途中でやめられたということですけど、茂造さんは永久にやり続けられる予定ですか。 あごネタも別にやめんと次に行けなかったと思うので、茂造も「本当にお願いします、必ず結果出しますので」というて。茂造はいっぺん東京に行きましたよね、東京行った時に全然、茂造がこれからいけるかと思ったんですけど、なかなか芝居の流れで笑いが取られへんかったので、もういっぺん大阪に帰ってきた時に、茂造をなんとか生き返らせたいということでその時のプロデューサーに言いにいったんです。 「一年間茂造をやらせてください。必ず結果出しますから」と言って、1年間やったのが良かったと思いますね。次の年に京橋花月で芝居をやった時に、チケット取れないくらい売れたんですよね。これはあの時にお願いしてやってよかったなと。そこから11年前に始まったのがこの芝居なんですけども。 ──どんな内容ですか。 言うたら感動の友情があり、そこもかなりのお客様が感動しはるんちゃうかなと。