進化する『川崎の最強ディフェンダー』【後編】NBLラストシーズンに見せた真骨頂(Bリーグ・川崎ブレイブサンダース 長谷川技)
進化する『川崎の最強ディフェンダー』【前編】ディフェンスはチームの生命線 より続く
NBLラストシーズンに見せた真骨頂
度重なるケガに泣いた長谷川が「やっと1シーズンを通してまともにプレーできた」と振り返るのは、NBLラストシーズン(2015-16)だ。東芝の “ミスターディフェンスマン” と呼ばれた栗原貴宏がケガで戦線離脱したリーグ途中からは先発を任されプレーオフ進出の推進力ともなった。中でも印象深いのはアイシンシーホース三河(シーホース三河)と対戦したプレーオフファイナルだろう。当時のファイナルは5戦行われ、先に3勝した方が優勝となる方式だったが、2連敗を喫した東芝がそこから3連勝して勝ち取った栄冠は『ミラクル東芝』と評され大きな話題を呼んだ。長谷川はこの5戦すべてに先発出場。担ったのはアイシンのエース金丸晃輔を封じる役割だ。敗戦後、金丸は「ボールに触らせてくれないディフェンスにメンタルまで削られるようだった」と語ったが、その憮然とした表情からも長谷川の仕事ぶりが伝わってきた。劇的逆転優勝の陰の立役者となった長谷川のディフェンスはこれを機に周知され、栗原に次ぐ “ミスターディフェンスマン” としてその名を高めていく。
プロ選手になり変化した意識と身体
2016年は転機の年だった。Bリーグの発足に伴い東芝は企業チームからプロバスケットボールクラブ川崎ブレイブサンダースに生まれ変わり、選手も全員プロ選手の道を歩むことになる。長谷川はどんな覚悟でBリーグ開幕を迎えたのだろうか。 「東芝は現役引退した後も社員として会社に残れる。自分にとってそれが魅力の1つだっただけに引退後の保証がなく、バスケットを仕事にするプロになることにはそれなりの覚悟も必要でした。ただ川崎はチーム環境がすごく整ったチームなので、そういった面での不安は一切なかったですね」 長谷川が言う『整った環境』とは選手の身体を外(トレーニング)、内(栄養面、メディカル面)からサポートするシステムを指す。たとえば選手たちがクラブハウスの食堂で1日2回、昼夜に摂る食事は必要な栄養価をもとに細かく計算されており、単なる体力増強だけではなく、選手個々の体質改善も視野に入れたメニューだ。この徹底した栄養管理プログラムにより「もともと食が細くて大学までは78kgぐらいだった」という長谷川の体重は90kgまで増え、同時に『ケガが少ない身体』に改善されていった。年を重ねるごとに凄みが増してきたと言われるディフェンスは、重ねた経験だけではなく『進化した身体』に裏打ちされたものなのだろう。が、当の長谷川はこうした変化について声高に語るわけでもなく、口調は淡々としてどの質問に対しても返す言葉は極めて短い。 「座右の銘ですか? うーん、思いつかないですね」 「趣味ですか? えー、これといってないですね」 「若手にアドバイスすること? いや、自分から何か言うことはまずないです」 断っておくが、決して投げやりに答えているわけではない。おそらく長谷川にとってこのテンションは通常運転。彼の中には「ちょっと気の利いたことを言ってみよう」などという考えはないのだろう。多少素っ気なくても自分は自分。余計な粉飾をするつもりはない。しかし、そんな長谷川だからこそ重みがあり、胸に響いた答えがあった。「マッチアップしてやっかいだなと感じる選手は?」と尋ねたときのことだ。長谷川から返ってきたのは、「最近はやっかいだと思う選手はいなくなりました」のひと言。ごく当然のように言った後、こう続ける。「リーグには上手い選手、力のある選手はいっぱいいますけど(マッチアップして)だれが苦手とか嫌だとかいうのはもうなくなりましたね。もちろん試合前にはビデオを見て相手の特徴とか調子とかの確認はします。でも、試合が始まればやることは1つ。相手がどんなスコアラーでもキーマンでも自分の何かが変わるわけではありません」 では “自分の中の変わらない何か” とはなんなのだろう。 「簡単に言うならば “基本” ですね。自分の役割の基本は相手にボールを持たせないこと、それに尽きます。そのために試行錯誤する時期もありましたが、結局1周回って基本に戻ったというか。なんだかんだ言っても基本が1番大事だということに気づいたというか。そこをブレずにやっていけば相手がだれであろうと関係ないんです。ディフェンスは相手じゃなくて、まず自分なんですね」 聞いた言葉をゆっくり咀嚼してみる。目の前の長谷川技と川崎が誇る鬼のディフェンダーがようやくピタリと重なった。