【書評】変わらないことの価値:小野伸二著『GIFTED』
「誰かが期待するような挫折」
どんなときも変わらない。 これが小野伸二という稀代のサッカー選手の凄みだ。 例えば、小野伸二を語るとき「あれさえなければ」という言葉と共に語られる大けががある。19歳の時に、相手の強烈な後ろからのタックルによって負った膝の前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)断裂だ。本書でも「以来、ピッチの見え方がそれまでと違うものになった」と振り返っている。 それでも。 このケガさえなければ──、ビッグクラブに行けていた、もっと点を取れていた、日本史上最高の選手になったという言葉を、小野はシンプルに否定する。 「悔しさも、ショックもあった。でも、それは『これから数カ月、好きなサッカーができない』ことが中心であって、誰かが期待するような挫折みたいなものだとは思っていない。」 スポーツを語るとき、つい私たちは波瀾(はらん)万丈のストーリーや笑顔と涙の対比など、ありがちで分かりやすい型に選手をはめようとしてしまう。 幼いころから天才と呼ばれた選手が負った、運命を変えるほどの大ケガ。そして「あのケガさえなければ」の言葉が醸し出すドラマチックさ。 きっと、何百回、いや何千回と、「あのケガ」について尋ねられてきたことだろう。 小野は本書で、ケガの影響は認めながら、そんな「悲劇のヒーロー」になることは軽やかに、でもきっぱりと拒否している。大切なのは得られなかった何かについて語ることではなく、楽しくサッカーを続けることだったんだと。そして、自分にとってその優先順位はいつだって変わらないのだと。 さらりと読める1冊に見えて、小野伸二の強さがずっしりと詰まった本だ。
【Profile】
幸脇 啓子 編集者。東京大学文学部卒業後、文藝春秋で『Sports Graphic Number』などを経て、『文藝春秋』で編集次長を務める。2017年、独立。スポーツや文化、経済の取材を重ね、ノンフィクション作品に魅了される。22年春より、長野県軽井沢町在住