なぜナイキは広告を通じて人権問題を訴えるのか
2020年、大統領選とともに米国社会を大きく揺るがせたのがBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命も大切)運動だった。一般市民だけでなく、企業もこうした社会の変化に対応したメッセージを出すことが増えてきた。その中で、米国や日本で、広告を通じて人権や個の大切さを訴えかけた企業の筆頭格がナイキだ。なぜ同社は社会に訴えかけるのか。(山中 緑・米ポートランド) ほんの数年前まで、米国では日本と同様、企業が政治的メッセージを出すことはあまり無かった。かつて、ナイキの広告塔だったマイケル・ジョーダンは、政治的・社会的発言や活動を避けた。民主党候補者に対する支持表明の依頼に『共和党員だってバスケットシューズを買う』とジョーダンが答えたのは有名な話だ。 しかし、ナイキは2018年、「黒人や有色人種への差別がまかり通る国に敬意は払えない」として国歌斉唱の際に膝をついて抗議したNFL(全米フットボールリーグ)のコリン・キャパニックを広告塔に起用した。 キャパニックは、「Believe in something. Even if it means sacrificing everything. (何かを信じろ。たとえすべてを犠牲にするとしても)」という、彼の抗議姿勢を正面から打ち出す政治的メッセージとともに、「Just do it」30周年記念キャンペーンの顔となった。
■一部が強い反発も、売り上げは好調
キャパニックが2016年にはじめた「膝つき抗議」は当初、大きな物議を醸した。NFLは彼の態度に注意と警告を繰り返したが、キャパニックは動じなかった。 翌年、キャパニックは自由契約となった。人気チームのスーパースターだったにもかかわらず、彼に声をかけるチームはなかった(キャパニックは各チームが不当に共謀していると提訴し、昨年2019年に和解が成立した)。 この間も、キャパニックのジャージは売れ続けた。2017年よりビックデータを活用したマーケティング分析を行っているナイキは、そのデジタル戦略をもとにキャパニックの起用を決めた。 この時、ナイキは保守層からの強い反発を受けた。一部では不買運動も起き、株価は一時3.9%安まで値を下げたが、それは一時的なものだった。ナイキのメインターゲットである若者は、キャパニックを支持していた。 事実上、NFLを追い出されたキャパニックだったが、彼に同調する選手は増え続けた。そして今年2020年、キャパニックの膝つき抗議ポーズは、BLMの象徴となった。 今年6月にビジネス・インサイダーとソーシャルネットワーキングアプリ「Youbo」が、米国在住の13歳から25歳を対象に行った調査によると、回答者の90%近くがBLM運動を支持している。 ワールドエコノミックフォーラムは2020年6月24日付けの記事で「人種の多様性、包括性、公平性は、人道的に正しいだけではなく、ビジネスにとって有益だ」と述べている。 ナイキに続くかのように、多くの企業がBLMへの具体的な支援を始めた。ペプシは今年、むこう5年で4億ドルを黒人コミュニティの支援に充てると公表した。電子決済大手、ペイパルは5億3000万円を人種差別撤廃に投資する。アップルは1億ドルを投入し、人種差別問題に取り組む団体の設立を宣言した。今や米国では、BLMへの支持なくして若者市場での成功は望めなくなった。