誰もが、「親になる」というテーマに悩みを抱えている――「母にはならない」社会学者と考える、選択の自由と少子化問題 #性のギモン
――なぜこの研究が世界中の人々の感情を揺さぶったのだと思いますか? 「私たちは誰でも、『親になる』というテーマにまつわる悩みを持っている。それは誰もが、誰かの子どもだからです。親になることは、いまだに神聖視され、重要で、人生において欠かせないステージだと考えられています。そこに『違う、これは間違いだ、私には合わない』という女性たちが現れたら、その価値観は地震のように揺さぶられますよ。子どもができたら、ハッピーエンド……そんな一本道が妨げられてしまうのですから。私の研究に参加した女性には、孫のいる女性もいました。50年近く母親をやっているのに、いまだに母であることに『ノー』と言うのです。そんな言葉を、社会は女性から聞きたくないのです。さらに、『自分の両親はどうだったか?』という問題も生じます。私の母も、後悔していたとしたら? 子どもの視点からも、疑問が出てくる。誰にとっても、他人事ではないテーマだから、大きな議論になったのだと思います」
働く意欲はありながらキャリアを求めない女性もいます
――日本では、出産・子育て関連の話に噛みつくネットユーザーがいます。 「イスラエルでもまったく同じです。公共の場での授乳が公開討論になりましたし、著名人の子育ては、よく炎上します。先日も、ある有名な歌手が水着姿で赤ちゃんと写っている写真を公開して、大炎上しました。母親が、子どもに従属する客体ではなく、主体的に見えるときに、ネット上や公の場で誹謗中傷されます。したいように自分の体を使うと、問題視されるのです。母親の存在すべてが子どもに捧げられているように社会の目に映るべきだと考えられているからです」
―<産後1年の所得が出産の1年前に比べて7割近くマイナスに。産後7年までの推移も回復はゆるやかで、所得はマイナス6割程度だった>という日本のデータ(財務省財務総合政策研究所「仕事・働き方・賃金に関する研究会」報告書による)があります。日本ではこうした「チャイルド・ペナルティー」の傾向が顕著です。 「こちらでは『マザーフッド・ペナルティー』と呼びます。非常に不公平な状態です。母親になるように仕向けておいて、大切にはしてくれないのですから。押し付けておきながら、社会や国は顧みようとしない。私は政治家ではないので、効果の高い改善策は思いつきませんが、これだけは言いたい。出生率を上げたいのであれば、出産後の女性をこのように軽んじてはいけません。母親になるか、キャリアを持つか、すべての女性がこの2択にあてはまるわけではありません。一部のフェミニストはキャリアを持つことが成功だと言いますが、それぞれの事情で、働く意欲はありながらキャリアを求めない女性もいます。子どもを持てば『本物の女性』であり、母親になりたくないなら、『男性のようだ』となりがちです。女性のアイデンティティーの多様性がないからです」