競輪学校落第にデビュー目前での大ケガ「やっぱり選手になれないんじゃ…」2世ガールズレーサー苦悩と努力の軌跡/鈴木彩夏インタビュー前編
入試でまさかのハプニングも… 108期で合格
そして迎えた108期の入学試験。伊豆修善寺の競輪学校で行われたが、思わぬハプニングが起きた。 「お父さんが用意してくれた自転車の車輪が検車を通らなかったんです。いきなり慣れていない車輪で1000メートルの技能試験を受けることになってしまって…。もうパニックで泣いていたし、あの時はお父さんを恨みました。でもなんとかやり切って、結果を待ちました」 借りた車輪で走るという状況にもベストを尽くし、1次試験はクリアした。苦手だという勉強が含まれる2次試験も突破。108期としての競輪学校入学が決まった。 「試験の結果は高校で見ました。友だちも喜んでくれたし、すぐ両親にも連絡をしました」 入学が決まったあとは、練習を続けるとともに社会経験として松戸競輪場でアルバイトもしていたそうで「特別観覧席でお茶くみをしていました。競輪ファンの人にも会っていたでしょうね」と笑う。
競輪学校で落第、父が見せた涙に…
そうして児玉碧衣や尾崎睦らとともに108期として競輪学校の門を叩くが、鈴木彩夏を待っていたのは苦難の連続だった。 「基礎がなかったから訓練でついていけなかった。長距離を乗り込む周回練習だと、ちぎれてしまって。試験に合格するためにタイムを出す練習ばかりしていたツケが回ってきたんでしょうね…。このままじゃヤバいって思いました」 自転車の訓練だけでなく、座学でもほころびが出てしまう。 「授業で居眠りをしてしまい、教官に怒られていました。競輪学校に入れて『これで競輪選手になれる』という気の緩みがあったのかもしれません…」 油断や慢心があったのか、108期では卒業認定考査で不合格。2回目の追試でも点数を取れず『卒業見送り』となってしまった。 「1回目のテストで点数が取れなくて、同部屋だった夕貴さん(遥山夕貴)が勉強を教えてくれたのに数学がまったくダメで…。まさか勉強で退学になるとは思っていなかったので、本当にショックでした」 108期として卒業できずに職員に修善寺駅まで送られ、自宅のある松戸へ帰った。駅にはガールズケイリンを勧めてくれた父が迎えに来ており、その目には涙があふれていた。 「迎えに来てくれたお父さんの顔を見たら、泣いていました。おばあちゃんのお葬式でしか泣いているところを見たことがなかったのに…」 父の涙を見て、彩夏も涙をこらえられなかった。 「お父さんはこんな私に『プレッシャーをかけていた。ごめん』と謝るんです。そう言われたら、自分も簡単にガールズケイリン挑戦をやめるとは言えなかった。競輪学校に戻りたい、戻らないと、って思いました」