勇気ある表現者たちによる映画の存在証明 ー 映画「月」
映画「月」は、2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件に着想を得て生み出された辺見庸の同名小説が原作。辺見の本の愛読者であり、『月』の文庫本に解説も寄稿していた石井裕也監督が、「新聞記者」や「空白」などを手掛けてきたスターサンズの故・河村光庸プロデューサーのオファーを受け、「これは撮らなければならない映画だ」と覚悟を決め、「あえての大規模公開」を想定し、物語を再構築。原作にはない「不要不急で生産性のない」表現活動に身を投じるオリジナルキャラクターをメインに据え、宮沢りえ、オダギリジョー、磯村勇斗、二階堂ふみら、人気キャストで映画化し、2023年 第97回キネマ旬報ベスト・テンにおいて、磯村が助演男優賞、二階堂が助演女優賞を受賞した。
主人公は、重度障害者施設で働き始めた元・作家の堂島洋子。東日本大震災を題材にした小説でデビューして話題となったが、とある理由から小説が書けなくなり、生活のために非正規雇用の職員となった。彼女を「師匠」と呼ぶ夫の昌平(オダギリ)は、パペットアニメーション作りに熱中しているが、なかなか芽が出ず、仕事も長続きしない。二人には子どもがいたが、出産時の事故で障害を負い、3歳で亡くなった。まだ、夫婦の心の傷は癒えていないが、40歳を越え、再び妊娠が発覚。だが、また子どもを失うのではないかとの恐怖に苛まれ、出産を決断できずにいる。洋子は、施設の同僚で、作家を目指す陽子(二階堂)や、絵の好きな青年さとくん(磯村)と交流する一方、施設の一角にある光の届かない部屋で、ベッドに横たわったまま動かない、自分と同じ生年月日の〝きーちゃん〞のことが気になっていた。次第に、他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにするようになるが、上司に訴えても聞き入れてもらえない。そんな状況の中、世の理不尽に誰よりも憤っているのは、さとくんだった。彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげていき、ついに、その日が来てしまう――。