中国産スズメバチが九州に侵入 在来種、環境を守りながら繰り広げる攻防戦
今のところ、ツマアカスズメバチの防除は、巣の撤去と、カルピスなどの誘引物をつかった営巣前の女王蜂や働き蜂の捕獲、といった物理的な手法がとられています。しかし、これだけ繁殖力が高く、さらに森林内部にも営巣する昆虫を捕獲だけで減らすことは現実的ではありません。
在来種と環境を考慮した駆除対策を実施
そこで、国立環境研究所では、スズメバチの社会性(働き蜂が餌を持帰り巣内で幼虫に餌を与えて育てるという性質)を利用して、彼らが好む餌の中に殺虫剤を混入させて、それを巣に持ち帰らせることで、巣内の生産を阻害しようという作戦を検討しています。特にスズメバチ類は、働き蜂が幼虫の栄養源となる昆虫類を肉団子にして巣に持ち帰り、この肉団子を幼虫に与えて育てます。この性質を利用すれば、巣内の幼虫を薬剤によって駆除することが可能と考えられます。 殺虫剤を使うとなると、やはり環境への影響が心配されます。まず、我々は、哺乳類や鳥類が間違って食べても影響が出ない薬剤として、「昆虫成長制御剤(IGR: Insect Growth Regulator)」の利用を考えました。この薬剤は昆虫の表皮を形成するキチンの生合成に関与する酵素を阻害することで、昆虫の脱皮を阻害して死に至らしめます。この薬剤ならば脊椎動物に対してはほとんど影響がありません。また、ツマアカスズメバチに対しても、成虫には殺虫効果がなく、幼虫にのみ影響するので、効率よく働き蜂が巣に持ち帰ってくれると期待されます。 実際に、対馬でテストを行った結果、IGR剤入りの餌(タンパク質ベイト)を持ち帰った巣では、働き蜂や、新女王、オスの生産が著しく抑制されることが示されました。IGR剤によって次世代生産が抑制されると判明したのです。しかし、次に問題となるのが、在来のスズメバチに対する影響です。在来のスズメバチ類もタンパク質を好むため、薬剤入りベイトに誘引されて、巣に持ち帰ってしまう恐れがあります。 ツマアカスズメバチの密度が高いところならば、当面はツマアカが優先的にベイトを持ち帰るので在来種に対する影響は小さいものと期待されますが、ツマアカスズメバチの密度が低下してきたら、在来種の方がベイトを持ち帰る頻度が高くなって、在来種の巣も影響を受けることになります。 在来種に対しての影響を小さくするためには、ツマアカスズメバチが誘引されやすい餌を開発する必要があり、現在、国立環境研究所では、そうした餌はないのか探索を続けています。あるいは、トラップでスズメバチ類を無差別に生け採りしてその中からツマアカスズメバチのみを取り出して、薬剤を持ち帰らせるという方法も代替案として考えられます。 巣の撤去、トラップによる捕獲、および薬剤による化学的防除など複数の防除手法を組み合わせて、効率的かつ安全に、何とか早急に対馬島内でこの外来スズメバチを駆除する必要があります。というのも、実は2015年9月に福岡県北九州市の港湾エリアでツマアカスズメバチの野生巣がひとつ発見されており、さらに2016年5月には宮崎県日南市で越冬女王が1匹捕獲されており、すでに九州本土への侵入が始まりつつあると考えられ、事態は急を要しているのです。 もちろん、韓国をはじめ、様々な国との貿易や観光客の往来が続く限り、この国では、叩いても叩いても、ツマアカスズメバチのような有害な外来種の侵入は繰り返されることでしょう。このイタチごっこは、貿易大国日本の宿命と受け止め、今後も新たなる外来種の侵入が発見され次第、的確なリスク評価および防除手法開発を進め、速やかに「有害な侵入者」を排除するという体制を維持していかなくてはならないのです。 【連載】終わりなき外来種の侵入との闘い(国立研究開発法人国立環境研究所・侵入生物研究チーム 五箇公一)