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「心配ご無用!」 大河最後の平均30%超え、竹中直人主演『秀吉』。信長追放計画、光秀・秀吉の出世争い、帰蝶出番なしの舞台裏【麒麟がくる 満喫リポート】

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サライ.jp

五輪イヤーだった1996年の大河ドラマ『秀吉』は、藤吉郎→木下秀吉→羽柴秀吉のサクセスストーリーを中心に描かれた。平均視聴率30%超えの最後の作品となっている人気大河を振り返る。 * * * ライターI(以下I):『秀吉』は1996年の作品です。1965年の『太閤記』以来、久方ぶりに豊臣秀吉が主人公の大河ドラマでした。 編集者A(以下A):1981年に秀吉の正室〈ねね〉が主人公(演・佐久間良子)の『おんな太閤記』がありました。西田敏行さん演じる秀吉が「おかか、おかか」とねねを呼ぶ台詞が流行語になりました。 I:『おんな太閤記』は橋田壽賀子さん脚本ですね。朝ドラ『おしん』の2年前の作品になります。 A: さて、『秀吉』の主人公は竹中直人さん。信長役は渡哲也さん。明智光秀役は村上弘明さんでした。『麒麟がくる』でも時代考証を務めている小和田哲男先生は『秀吉』のときも時代考証を担当していますが、〈裏切り者になることを感じさせない好青年を光秀役にあててほしい〉とリクエストを出していたことを著書で明かしています。 I:その結果、キャスティングされたのが村上弘明さん! 確かに村上さん演じる光秀は、さわやかな光秀でした。 A:村上さんといえば、私の世代では『仮面ライダー』(1979年)の人ですし、大河でいえば1989年の『武田信玄』で高坂弾正役を好演したのも印象に残っています。でもいちばん思い出されるのは『腕におぼえあり』の青江又八郎ですかね(笑)。 I:………。竹中直人さんの秀吉は強烈なキャラクターでした。泥だらけのふんどし姿で畑で大根を頬張るシーンがなんだかいまだに脳裏にこびりついているのですが……。 A:「心配ご無用!」 「ごもっとも!」「上げ潮じゃー」というキャッチーな台詞が印象的な、にぎやかなドラマでした。バブル崩壊で落ち込んだ世情が再び浮上するかのような雰囲気があったような気がします。 I:でも実際には翌年の1997年に消費税が3%から5%に上がったり、山一証券廃業に代表される金融危機などがあって大変な時期でした。 A:まあ、なにはともあれ『秀吉』は、平均視聴率が30%を超えた最後の大河ドラマです。本能寺の変の回がなんとアトランタ五輪の女子マラソン中継と重なったという逸話もあります。信長役の渡哲也さんは当時55歳。もっとも高齢での信長役でしたが、本当に重厚な信長となりました。 I:本能寺の変では信長自ら頸動脈を切るという凄絶な最期でした。思わず「キャー」と叫んだ記憶がありますが、渡さん渾身の演技が今も思い出されます。 A:渡さんの信長は大反響で出番が数話延びたという逸話がありますから、相当な人気だったんです。印象に残っている場面は多いのですが、第25話の話をしましょう。この回では、林通勝(演・高松英郎)や佐久間信盛(演・織本順吉)が信長に隠居を迫るという場面がありました。 I:林通勝が光秀にこう訴えています。〈比叡山の殺戮、徳川殿の妻子の処刑、貴殿の母親を見殺しにいたしたこと。御屋形様は近ごろ常軌を逸しておられる〉。なかなかに緊迫したシーンでした。 A:そうです。緊迫していたんですよ。ところがその同じ回で、信長は秀吉・おね(演・沢口靖子)夫妻に有馬温泉での湯治を勧めるシーンがあって、おねと秀吉の温泉混浴シーンもありました。緩急のバランスが絶妙な脚本・演出でした。 I:脚本や演出って本当に重要なんですね。

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