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チョン・グァンフンはいかにしてプロテスタント界に君臨したのか

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ハンギョレ新聞

「パンツ発言」 「神様、ふざけてたら死ぬぞ」 非キリスト教的発言を事とするにもかかわらず 先月まで韓基総代表会長  保守派教会、反共・親米・親独裁で急成長 政教一体を夢見た極右牧師たち チョン・グァンフンをプロテスタント界の看板に育てる  総選挙の度に党名変更しつつ「キリスト党」に挑戦 金大中政権後の朝鮮半島平和ムードで 太極旗、星条旗を手に「街頭」へ

 チョン・グァンフン牧師は、どのようにして韓国プロテスタント界のリーダーとして君臨することができたのだろうか。チョン牧師が最近になって代表会長職を辞任した韓国基督教総連合会(韓基総)は、今は抜け殻だけが残っているものの、この40年にわたり韓国保守プロテスタントの代表的な連合機関だった。  チョン牧師は2006年のいわゆる「パンツ発言」をはじめ、「神様、ふざけてたら死ぬぞ」などの、正常なクリスチャンとは思えないような発言を繰り返してきた。また中世の教皇庁のようなプロテスタントのキリスト庁を準備した夢想家であり、2008年から4回行われている総選挙の度に党名を変えている「キリスト党」を作った政治屋でもある。にもかかわらず彼を韓基総の代表に選出したことから見て、保守プロテスタントとチョン牧師は同じ穴のムジナではないかという批判が出ている。  実際にチョン牧師は2008年に「キリスト愛実践党」を結成した際、「チョ・ヨンギ牧師(汝矣島純福音教会設立者)やキム・ジュンゴン牧師(韓国大学生宣教会(CCC)設立者)などの先輩たちが、牧会しか知らない私とチャン・ギョンドン牧師に、キリスト教政党を作って国を立て直さなければならないと言ったため」と結党の動機を明らかにしている。言い換えれば、チョン牧師をプロテスタント界の看板として掲げたのは、大規模教会の極右牧師たちなわけだ。  プロテスタント教会の宣教師や牧師たちは、旧韓末と日帝強占期(日本の植民地期)に教育・慈善事業の先頭に立ち、解放後も民主化、人権、労働、農民、貧民、市民運動の最前線で苦難を自ら買って出、十字架を背負ってきた。しかし反対側には、個人的な傷を拡大して、愛の宗教を憎悪の宗教へと変質させ、民族の和解を妨害し、個人的な欲望と野望のために教会と信者を動員した極右牧師たちが位置していた。  牧師の政党への参加は(植民地)解放直後にさかのぼる。韓国の保守キリスト教のルーツである永楽教会の設立者ハン・ギョンジク牧師は、1945年9月、新義州(シンウィジュ)第2教会の牧師として「キリスト教社会民主党」を結党する。その後、北朝鮮の牧師と長老たちは、共産党に粛清されたり教会と財産を没収されたりして、南に渡ってきた。共産党を憎む越南(北朝鮮から韓国に渡った)キリスト教徒たちは、韓国キリスト教の元祖格である米国と、韓国をプロテスタント国家にしようとした李承晩(イ・スンマン)元大統領らと、反共・極右・親米イデオロギーを共有する三角編隊を形成する。1947年に永楽教会において、越南したクリスチャンが中心となって発足した「西北青年団」は、李承晩独裁を支えるために「反民族行為特別調査委員会」を解散させ、独立運動家を暗殺し、民間人にアカのレッテルを貼って皆殺しにする前衛部隊の役割を果たした。これによってプロテスタント教会は、日帝が残した敵産家屋の払い下げの最大の受恵者となり、朝鮮戦争後には米国からの支援物資の最大供給経路となるなどの恩恵を享受した。  反共、親米、親独裁で急成長した保守教会は、朴正煕(パク・チョンヒ)政権の前衛部隊も自任した。新たな道基督社会文化院のチョン・ギョンイル院長は「1970年代に軍隊内の宗教施設に行くと、当時朴正煕大統領が書いた『信仰戦力化』と『全軍信者化』という二つの額が掛けられていた。維新政権(1972年10月以降の朴正煕政権)は信仰を戦闘力にしようとし、教会はその欲望に応える対価として全軍を信者にしようとし、政治権力と教会権力の同伴成長が図られた」と説明する。チョン院長は「軍事独裁政権は反共政権だったため、(保守の牧師たちが)街頭に出る必要はなかったが、金大中(キム・デジュン)政権以降は南北首脳会談をはじめ朝鮮半島の和平ムードが醸成されたことから、初めて太極旗と星条旗を手に『街頭右派』として登場するようになった。原理主義教会のこのような行動は、1990年代以降にプロテスタントの成長が鈍化して社会的影響力が弱まってきたことから、外部の敵に対する敵愾心と嫌悪をあおって内部をより団結させる効果を得るためだった」と分析する。  チョ・ヨンギ、キム・ジュンゴン両牧師などの大規模教会と保守の牧師たちが韓国基督党を作ったのは、金大中大統領に続き、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が当選した後の2004年の総選挙を控えてのことだった。大規模教会の牧師やチョン・グァンフン牧師らが作った政党は、毎回「政党得票率3%以上」を得ることに失敗し、国会への進出は挫折している。しかし、2008年には「長老大統領づくり」に総動員令を下し、李明博(イ・ミョンバク)大統領の誕生を助けるなど、政治権力の拡大再生産は続いた。8月15日の光化門集会でも、保守派牧師と行動を共にする大規模教会の長老たちが中心となった「大韓民国長老連合会」が動員の先頭に立った。  すなわち、チョン・グァンフン牧師の登場は、分断状況を維持して教会の既得権を守り、政治権力すら牛耳ってきた大規模教会の極右牧師たちから派生したものであるといえる。教会2.0牧師運動のファン・ヨンイク前実行委員は「反共、反イスラム、反同性愛を3大嫌悪戦略にすえる彼らのやり方は、ちょうどナチスが反共、反ユダヤ、反少数者、ゲルマン主義の狂気で嫌悪を刺激した技法と似ている」と指摘した。基督者教授協議会前会長のイ・ジョンベ牧師は「極右牧師たちとチョン牧師の歪んだ欲望は、簡単には終わらないだろう」との考えを示した。「コロナ政局」から抜け出せば、極右教会による「つながりの回復」が本格化し、チョン牧師と再び仲間になるだろうとの見通しだ。しかし、元クリスチャンアカデミー院長のキム・ギョンジェ牧師は「保守教会が反啓蒙主義的聖書無謬説と反科学主義、変質した資本主義、冷戦時代の反共主義に束縛され、全世界の歴史の変化に取り残されているだけに、1970年以降に生まれた者には、チョン・グァンフン流の宗教事業はもはや受け入れられないだろう」と見通している。 チョ・ヒョン宗教専門記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

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