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【麒麟がくる】なぜ本木雅弘は”新しい道三”を表現できたのか チーフプロデューサーに聞く

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史実に忠実な「今までにどんな映画やドラマでもやられたことのない」真の道三を見せた“麒麟の世界“

 現在放送中のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」。主人公・明智光秀を中心に、天下をめぐって戦国の世を駆け抜けた英傑たちの姿が描かれる正統派大河だ。治平を求めてもがいた光秀、そして彼を取り巻く多くの人々を大胆かつフレッシュに描写している。第17回(10日放送)では、長良川の戦いに敗れた斎藤道三の最期が描かれた。「美濃のマムシ」と呼ばれ、狡猾で、倹約家。隣国・尾張の海を欲し、大きな国を作ることを夢見た道三。本木雅弘が全うした斎藤道三とは、一体何だったのか。 【画像】道三の意思を受け継いだ光秀は…  かつて斎藤道三は、油売りの商人から成り上がり、一代で美濃の国盗りを果たした戦国大名と伝えられてきた。しかし、新たな資料の発見や研究によって、その説が覆されつつある。「麒麟がくる」の制作統括を務める落合将氏は「かつての油売りからのたたき上げの道三像は、現在の通説ではほぼあり得ないことになっています」と言う。 「父と息子で美濃一国をのっとった、というのは現在では常識のようになっており、たたき上げの脂ぎったおじいさんのイメージは、史実と離れすぎていて、今はやることができません」と落合氏。これまでの通説であった”道三=油商人からの成り上がり大名”を描けなくなった今、「麒麟がくる」の世界では全く新しい斎藤道三を表現する必要があったのだ。  そこで白羽の矢を立てられたのが本木雅弘だった。落合氏は「今回は父と二人で美濃を手中に収めた二代目としての道三をはじめからやることが決まっていました。その屈折もある身分の低い”二代目道三”を表現するのに、繊細な演技も得意とする本木さんはとてもふさわしかったのです」と新しい道三を本木に託した理由を明かす。 「いわば”今までにどんな映画やドラマでもやられたことがない”史実に忠実な真の道三像で、引き受けてくださったときは本当にうれしかったです。作りこみも本木さん独自の表現でしてこられて…。初めて本読みで芝居を見たとき、『新しい真の二代目道三がここにいる…』と震えるくらいうれしかったのを覚えています」(落合氏)  長良川の戦いで息子・高政(伊藤英明)に敗れ、その生涯を終える道三。出陣前には、戦を止めようと奔走する光秀(長谷川博己)に対し「人の上に立つものは正直者でなくてはならない」「豊かな大きな国を作れ」と統治者として最期の言葉を残した。そして、主君である道三を亡くした光秀は美濃を出て越前に逃れることになる。  光秀にとって道三とはどんな存在だったのか。落合氏は「父のいない光秀にとっては、道三は、父代わりの尊敬すべき存在でもありますが、憎たらしい部分もあり、アンビバレンツな感情を持っています」と解説する。聖徳寺で会見した信長(染谷将太)を気に入り、光秀に「信長とならお前はやれるかもしれない」と言い残した道三。光秀はその言葉通り信長に仕え、天下を追い求め激動の時代を駆け抜けていく。  道三の死は物語にとって大きな山場のひとつであることは間違いない。「麒麟がくる」の世界において、斎藤道三がもたらしたものは何だったのか。  「美濃のそれほど身分の高くない武士・光秀が美濃一国で生きる道を探すことに、道三ははじめから物足りなさを覚えていて、自分ができなかった、広い世界で生きることを最後に光秀に託します。光秀もそれを受けて、後年信長とともにこのドラマでは上洛を果たしますので、やはり光秀にとって『大きな道しるべ』としての存在として描かれていると思います」(落合氏)  新しい時代に描かれた新しい道三。本木雅弘が演じた美濃のマムシのみずみずしい姿が、大河ドラマの歴史に燦然と刻まれた。

ENCOUNT編集部

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