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石井ふく子&橋田壽賀子コンビ“最強のワケ” 巨星こぼれ話

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夕刊フジ

 【テレビ黎明期支えた 巨星こぼれ話】  1953(昭和28)年、日本でテレビ本放送が始まったころ、スタッフのほとんどが映画や舞台、ラジオから集まった男たちだった。そんな中、いち早くテレビの世界に飛び込んだ女性がドラマプロデューサーの石井ふく子さんと脚本家の橋田壽賀子さんだ。  石井さんはもともとラジオのスポンサー企業の宣伝部社員から、TBSの社員となり、「日曜劇場」のプロデューサーに就任。聞いて驚いたのはドラマ化したい小説を見つけると自ら作家本人にアタックし、承諾を得てきたこと。三島由紀夫、室生犀星、藤沢周平、名作家の名が次々と出てくる。中でも山本周五郎には門前払いされながら、根気強く「いいドラマにします」と説得を続け、信頼を得た。  とはいえ、生放送の時代。最後に数分余り、ひたすら主役と子役の追いかけっこでやりすごそうとしたが、あまりに長く走り過ぎて、主役がひっくり返ってしまったことも。「それっきゃ、やりようがなかったんです」笑顔は下町の娘のように若々しい。  一方、橋田さんは松竹に入社し、「初の女性脚本家」として注目されたが、映画では思うように仕事ができず、テレビで活躍する。TBSプロデューサー、岩崎嘉一氏と結婚後も大河ドラマ「おんな太閤記」など大作も手がけたが、夫の前では一度も原稿用紙を開くことはなかったという。  石井さんと橋田さんに共通するのは「決断力」と「潔さ」だ。たとえば難病に冒された女性と恋人の実話をもとにしたドラマ「愛と死をみつめて」(64年)はこのコンビの代表作だが、脚本は長大だった。そこで脚本を短く…というのが普通の発想だが、このコンビはそうはしなかった。1話完結が原則の「日曜劇場」で異例の前後編に踏み切ったのだ。結果、ドラマは大きな反響を呼び、今も名作として語り継がれている。  「渡る世間は鬼ばかり」も今に続く2人の名シリーズ。番組スタート時はトレンディードラマ全盛のバブル期で、ホームドラマが激減していたが「これでウケなかったら老兵は消え去るのみ」との覚悟だったという。消え去るどころか、90歳代の今も鋭く世を見つめ、新作を送り出すパワーには頭が下がる。昭和、平成、令和と時を経ても作品のテーマが「家族」で一貫しているところも、さすがである。  ■ペリー荻野 コラムニスト、時代劇研究家。1962年、愛知県生まれ。大学在学中から中部日本放送でラジオパーソナリティーを務め、コラムを書き始める。主な著書に「バトル式歴史偉人伝」「脚本家という仕事 ヒットドラマはこうして作られる」など。  テレビ創世記を支えたテレビマンや俳優、音楽家らを取材した「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)が出版されたばかり。

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