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生方聡さん/世界中のコンパクトカーのベンチマーク、フォルクスワーゲン・ゴルフが人生を変えた

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それぞれの人生で出会った「決定的なクルマ」について綴ったエッセイです。自動車ジャーナリストの生方聡さんが選んだのは、「フォルクスワーゲン・ゴルフCi」。人生を変えたクルマの物語をどうぞお楽しみください。 インディ500で再び優勝した佐藤琢磨さんの「人生を変えたクルマ」は、なんとミニ・クーパーだった!

今も続くゴルフのある生活

小型車のベンチマークと言えば、もちろんVWゴルフ。気がつけば人生のほとんどをゴルフと一緒にすごした。それは今も同じです。 最初の1台を手にしたのは大学3年のとき。それから36年のあいだに、30台のクルマと暮らしてきた。そのうちの約半分がフォルクスワーゲンで、「ゴルフ」という名前がつくモデルは10台を数える。正直なところ、30代前半までは、これほどゴルフにハマるなんて思ってもみなかった。免許を取ってクルマ選びを始めた大学生のころ、初代ゴルフをさっそうと走らせるおしゃれな学生はいたものの、私自身がゴルフに触れるチャンスはなかった。そして、はじめてゴルフを運転したのは、1992年にゴルフ3が日本で発表されたときだった。当時の私は28歳で、ここから私のモータージャーナリスト人生がスタートする。 ゴルフといえば、“小型車のベンチマーク”であり、日本では最も人気のある輸入車である。さいわい、身近にゴルフ3があったし、ことあるごとにゴルフの試乗車を運転する機会に恵まれたから、その実力の高さを体験することはできたが、購入対象としては見ていなかった。 そんな私に転機が訪れたのは1998年のこと。この年の8月にゴルフ4が日本でも発売されたのだ。といっても、わが人生の一台はゴルフ4ではない。初代ゴルフ1である。ゴルフ4のデビューにあわせて、新旧さまざまなフォルクスワーゲンを採り上げた“ムック”をまとめる仕事が入った。スタッフが少ないとあって、その夏はほぼ毎日のようにロケに出かけ、まさにフォルクスワーゲン一色だった。 そのとき取材したうちの一台に、1983年式のゴルフ1があった。ゴルフ1のデビューから20年以上が経ち、その個体自体も15年目を迎えるだけあって、パワステなんてないし、快適装備や安全装備もほとんどない、時代遅れのクルマである。ところが、いざ走り出してみると、「なんだこれは!」と衝撃を覚えるほど、気持ちよく走るではないか。 そのムックの制作を機に、フォルクスワーゲンに接する機会が増えた私は、やはり愛車としてゴルフを手に入れたいという気持ちが日に日に強まっていく。そして、1999年、ついに1983年式のゴルフ1Ciを手に入れたのだ。これが私が買った最初のゴルフである。 走行距離5万キロのゴルフ1は、深緑色のペイントこそ良い状態だったが、重たいステアリングとクラッチペダル、かつてのディーゼルのようにノイズや振動が大きいエンジン、薄暗いヘッドライトなど、古くささは隠せなかった。 しかし、カチッと音を立てて閉まるドアをロックしてドライブに連れ出せば、16年落ちという事実が信じられないほど元気のいい走りを見せてくれる。ボディのしっかり感や直進安定性の高さ、硬めだがサイズを超えた重厚な乗り心地、実用域で活発なエンジンなど、小型車のベンチマークとして不動の地位を築いた理由が理解できた。 そのゴルフ1はとても気に入っていたのだが、セカンドカーということでなかなか乗る機会がなく2年ほどで手放してしまった。その後も新旧のゴルフを乗り継ぐことになるが、数年に一度、“ゴルフ1ほしい病”が発症し、2013年に、ふたたび1983年式のゴルフCiを入手することになる。こいつの走行距離は13万キロで、以前手に入れたものより明らかにくたびれていた。メーターパネルの表示はあてにならないし、空調もきまぐれという状態だったが、エアコン不要の時期を狙って走らせれば、低速からトルクのあるエンジ ンが頼もしく、30年前のクルマとは思えないほど活発に走った。こんなクルマが1970年代に生まれていたとはと、あらためてゴルフの偉大さを感じさせられたのだ。 残念ながら、このゴルフ1も私のもとを去って行ったが、いつもゴルフに乗っていたいという気持ちはずっと変わらず、いまも2017年に中古で手に入れたゴルフGTIクラブスポーツで、ゴルフのある生活を楽しんでいる。 文・写真=生方 聡(自動車ジャーナリスト) (ENGINE2020年7・8月合併号)

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