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吉田栄作、人気絶頂のタイミングでの渡米の真意を語る「自分の意思で人気を手放したかった」

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アーティストの坂本美雨がお届けするTOKYO FM「坂本美雨のディアフレンズ」。9月22日(火・祝)の放送は、俳優・吉田栄作さんがゲストに登場。ロサンゼルス滞在時代の思い出について語ってくれました。

坂本:吉田栄作さんは1988年に俳優デビューを果たしまして、1989年にドラマ「君の瞳に恋してる!」に出演されて話題になりました。1989年には歌手デビューもなさっていて、俳優だけでなく歌手としても成功されていまして、ツアーでは動員数が2万人を記録しました。しかし、そのツアーを終えられた直後にロサンゼルスに渡られました。当時、26歳だったのですね。 吉田:そうですね。1995年だったと思います。 坂本:人気絶頂のタイミングでスパッと新たな道を歩まれたのですね。当時はどういうお気持ちだったのでしょうか。 吉田:実は、僕のなかではスパッとした決断ではなかったんですよ。デビューして4年ぐらい経ったときに、経験とか勉強とかをきちんと踏まずに活動を続けていることに対して悔やんでいたんです。当時の自分は、自身を強く見せるために活動をしていた部分もあったので、22歳ぐらいのときに「どこかのタイミングで休んで、帳尻合わせをしたいな」と思っていたんです。 坂本:22歳で。はやいですね。 吉田:ただ、それでいきなり「明日から休みます」というのは現実的ではないなということもわかっていたんですね。そんなことを考えながら活動をしていくなかで、24歳のときに仕事でロサンゼルスに訪れる機会があったのですが、そのときに「ここに滞在したいな」と思うようになったんです。空気感もいいし、勉強できるし、俳優としての挑戦もできる。心も体も休められそうだなと思ったので、26歳で渡米を決意しました。22歳からの4年間は無駄遣いをせず、渡米の準備資金を貯めていました。 坂本:そうだったんですね。人気絶頂というポジションに溺れることなく、ロサンゼルスに滞在するという決断を下せたのはどうしてだったのでしょうか? 吉田:いつか人気はなくなるものだという思いは持っていたんです。だからこそ、自分の意思で人気を手放したかったんです。 坂本:なるほど。ロサンゼルスに行かれてからは、かなり堅実な生活を送られたとお聞きしました。 吉田:持っていけるお金が1万ドルぐらいだったので、そうせざるを得ない状況でしたね。5,000ドルのジープを買って、所持金がいきなり半分になりました。800ドルの家賃の部屋を借りて、家具はIKEAで買いました。もちろん自分で組み立てましたよ(笑)。 坂本:当時はミュージシャンとして個人的に曲を作られたり、身近なところでライブをされていたのですね。 吉田:徐々にですけどね。活動をしていくうちに、演奏場所を貸してくれたり、一緒に演奏をしてくれるような仲間がだんだんと増えていきました。コンサートという形ではなくて、お酒を飲みながら穏やかな雰囲気で1曲歌うみたいな感じです。海外の有名なアーティストって、仕事とは違う形でそういう演奏をやっていたりするじゃないですか。それがすごくカッコいいなって思ったんですよね。そういった経験も勉強になりました。 坂本:そうだったんですね。栄作さんは2019年にデビュー30周年を迎えました。2019年9月に発売されたアルバム『We Only Live Once』の楽曲は、ほとんど栄作さんが作られたそうです。楽曲のなかには、アメリカ滞在時代のことを歌ったものがあります。「砂漠に車を止めて」はいつ頃作られた曲なのでしょうか。 吉田:26歳のときに車を買ってアパートを借りたときに「あ! ギターがないぞ」と思ったんです(笑)。それで、サンタモニカまで車で向かっていたらギター屋さんを見つけまして、そこで800ドルぐらいのアコースティックギターを買いました。それからは毎日のようにサンタモニカビーチに行って、ギターを弾いていました。 坂本:カッコよすぎませんか(笑)? 吉田:その経験で生まれた曲もありましたが、「砂漠に車を止めて」はウエストハリウッドに住んでいた頃、夜中の3時ぐらいに急に思いついて書いた曲です。当時の自分の気持ちをそのまま歌詞にしました。 坂本:たしかに、歌詞というよりは思いのままに綴った文章ですね。 吉田:気づいたら、自分の魂の1部になっている曲になっていたので、大事に歌い続けています。 坂本:「砂漠に車を止めて」と共に、歳を重ねてこられたのですね。 (中略) 坂本:自粛期間中に曲が生まれたそうですね。 吉田:自粛期間中っていい天気が続いたじゃないですか。空を見上げていたらポンと生まれたんですよ。それで、プロデューサーの佐久間雅一さんに音源を送ったら「Facebookに載せようよ!」という話になったんです。それから、自分のバンドメンバーとワンコーラス分のリモートセッションをしたのですが、それを聴いた佐久間さんが「ツアーが延期になっちゃったから、この曲のCDを作ろうよ」と言ってくれたんです。 坂本:曲を聴いていると、“あのときの空気感”が詰まっている感覚になりますね。 吉田:そうですね。ある晴れた日に生まれた曲なので「One Fine Day」というタイトルにしました。 (TOKYO FM「坂本美雨のディアフレンズ」9月21日(火・祝)放送より)

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