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2000年代外国映画ベスト・ワンは『殺人の追憶』!

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キネマ旬報WEB

創刊100年を迎えた映画雑誌キネマ旬報では、7月上旬号(6月19日発売)にて、創刊100年特別企画として、2000年代(2000~2009年)の外国映画ベスト・テンを発表。ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』が、見事、ベスト・ワンに輝いた! 昨年、韓国映画として史上初となるカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)に輝き、第92回アカデミー賞では作品賞含む最多4部門(作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞)を受賞した『パラサイト 半地下の家族』で一躍、日本中にその名を知らしめたポン・ジュノ監督だが、今から15年以上も前に、すでにその時代を代表する作品を残していたことに、改めて気づかされる結果となった。 しかし、当時はまだ日本の興行界において、韓国映画を大々的に公開する時代ではなかった。そんな中、当時、この『殺人の追憶』を見出し、買付け、配給まで手掛けた李鳳宇(リ・ボンウ)氏から、当時のエピソードをうかがうことができたので、皆様にお届けしたい。

「ポン・ジュノの追憶」

2000年代に公開された外国映画の中で『殺人の追憶』がベスト・ワンだったと聞き嬉しく思います。 あの頃のポン・ジュノは新進気鋭の若手監督でしたが、シナリオ作りに於ける丹念な下調べや、細かい美術セットへの拘りなど、様々な分野の徹底ぶりを話し出すと止まらない典型的な映画オタクといった印象でした。 映画会社サイダス代表のチャ・スンジェ氏が特段に期待を寄せていて、これからの韓国映画界を牽引していくだろうと予言していました。 ソウルの試写室で『殺人の追憶』を初めて観た時の衝撃は大きく、後に阪本順治監督が評したように「黒澤明の遺伝子が韓国にあった」という表現が言い得て妙でした。 傑作『パラサイト 半地下の家族』に通じる、「ミックスジャンル映画」の傾向は、この作品からすでに顕著でした。最後まで犯人が逮捕されないという不完全燃焼の刑事ドラマでありながら、犯人を知った爽快感よりもっと深くて重い歴史の真実を知る不条理劇でした。コメディー、ノワール、アクション、そして社会的メッセージと、どの表現をとっても一級品の出来に驚いたことを憶えています。 『シュリ』、『JSA』と立て続けてヒットし、韓国映画の評価はすでに定着しつつありましたが、『殺人の追憶』は業界のうるさ方を完全に黙らせる楔を打ってくれた決定的な映画です。 その後、2009年に私がナビゲーターを務めたNHKの番組「知る楽 歴史は眠らない~韓流シネマ 抵抗の軌跡」で、ポン・ジュノ監督に再会した時、彼は『母なる証明』の編集の最中でした。指定された編集室を訪ねたのは午前中でしたが、笑顔で迎えてくれた彼以外、編集室にいるスタッフは全員倒れるようにあちこちで寝ていました。徹夜明けにも拘わらず、ハイな状態で喋る彼を眺めながら、私は傑作を生み出す瞬間の自信に似た何かを感じました。それはとても幸せな時間でした。 『パラサイト 半地下の家族』の大大成功のお陰で、アメリカやヨーロッパ各国で『殺人の追憶』の再上映が相次いでいると聞き、当然の流れだと頷けます。 本当に価値ある映画は古びない、時代と共に輝きを増すのだと改めて知らされました。ソン・ガンホも喜んでくれるでしょう。そして岩代太郎さんにも、おめでとうと言いたいです。もちろん配給宣伝や営業に尽力した優秀なシネカノンのスタッフにもお礼を言いたいです。 皆さんは歴史を創ったのです。 2020/06/17 李鳳宇

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