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「8割おじさん」のクラスター対策班戦記【後編】~次の大規模流行に備え、どうしても伝えたいこと

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中央公論

西浦博北海道大学大学院教授インタビュー/聞き手・構成 川端裕人(作家)

「これまで目標としてきた流行の制御はできたわけですが、課題もたくさん残されていますし、コミュニケーション上、誤解を解かなければならない部分もあります。何より、今後のことで心配なこともいくつかありますから」  前編「厚労省のビルから北大の研究室に戻るにあたり伝えたいこと」に続き、西浦が、今「コロナ禍」の体験を共有するすべての人たちに伝えたいことをまとめる。

●兵隊ではなく司令官が言わないと

「反省点であり、誤解を解いておきたいことがあります。それは、引き締めと励ましにかかわるコミュニケーションの問題です」  西浦はそんなふうに言う。真意はいかなるものだろうか。 「厚労省のビルの中にいてすごく困ることは、やはり自由に話せないことです。クラスター対策班が独自にコミュニケーションできる機会を得たのは、4月15日以降、直接に記者会見ができるようになってからでした。その第一回で、僕は、記者さんの前で、何もしない最悪の想定では、約85万人が重症化し、その約半分が死亡するという話をしました。被害想定が重要であるとメディア側からの要望もあって、とはいえ、想定される死亡者数を直接的に言うのはダメだと厚労省側から言われ、ああいう歪んだ言い方になりました。後で『西浦の乱』と書かれましたけど、この被害想定を僕が話すことは、官邸まで事前に通っていたことです」  この「乱」の効果はてきめんで、翌日の新聞ではのきなみ死亡想定が掲載されたし、テレビでも大いに取り上げられた。官邸からは「(政府の)公式見解ではない」とのコメントが出たものの、一定のリアリティをもって受け止められ、「接触減」に寄与したのではないかと思われる。  でも、実際にはそれではダメだと西浦は言う。 「42万人というのは何も対策しなかった場合のプレインな数字です。それを言うと同時に、皆さんが自粛して接触を減らすことを徹底すると流行自体を抑えられる可能性が高いということや、その数を減らして、みんなで接触を減らして、徹底して頑張ってみようというような、励ましに相当する言葉がうまく伝わっていないんです。それで、分かったのは、これは、僕が言ってしまったけど、本当に僕が言うべきことなのかってことです」  専門家の言葉として42万人という数字だけがひとり歩きすると、それは限りなく「恫喝」に近く聞こえる。人々は行動を変容させるかもしれないが、どちらかといえば恐怖やあきらめのようなネガティヴな感情に基づいたものになる。そして、ネガティヴな感情に基づいた行動は長続きしにくい。だから、西浦はこれを「励まし」とセットで語る必要があるという。しかし、それができるのはその専門家ではなかろうというのである。 「自分の立場はただの兵隊の1人ですので、これから戦いが始まる時に、『42万人亡くなります』と、司令官側が『公式ではない』と言うような数字を言うのはおかしいんです。むしろ、司令官がちゃんとそれを言った上で、だからみんなこうするぞ、みたいなことを言わないと。だから、理想的なのは総理大臣が、国民の皆さんに向かって、原稿を読まず、心から語りかけることだったと思います。科学者の試算は蓋然性が高い。でも、これは最悪の場合の数字で、接触を減らせれば、ゼロが1つ、2つ取れていくから、みんな一緒に頑張りましょう、と。でも、僕が言うことで、数字だけがひとり歩きして、引き締めき効果はあったかもしれないけれど、そればかりが強調されすぎました。その跳ね返りが解除後の行動に影響するのではないかと心配しています」  跳ね返りにはいろいろな形がありうるのだが、ひとつすでに見られるパターンとしては、本稿をまとめている6月はじめの時点で、「結局、亡くなったのは九百人くらいだし、あの42万人というのは間違っていた」という議論が出てくることだ。「最悪の想定を回避できて良かったね」と、みんなで勝ち取った成果として受け止めるのではなく、科学者への不信の理由にされてしまうと、今後の対策にも影響を与えかねない。

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