「渋谷に来ないで」区長訴え それでも文化論者が「渋谷ハロウィーン」を大目に見たいワケ ノーテンキなコスプレに隠された文明批判
近年、ハロウィーンの時期になると渋谷駅周辺に多くの人が集まり、数多くの事件やトラブルが起こっています。渋谷区の長谷部健区長は10月5日 、日本外国特派員協会で開かれた記者会見で「渋谷に来ないで」と異例の訴えを行いました。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、「大事故に至ることは避けるべき」としながらも「文化論者として、ある程度のことは大目に見たい」と語ります。それはなぜでしょうか。若山氏が独自の視点で語ります。
コスプレの国、日本
浦安に住んでいた親戚の葬式に出席するため、舞浜の駅に降り立つと、そこはすでにディズニーランドの入口であった。色とりどりの施設が並び、若い人たちがミッキーマウスやミニーマウスの衣装を着て歩いている。昔はそれほどでもなかったが、今、ディズニーランドはコスプレの場でもあるようだ。 しかしそのはなやいだ気分の中にも、僕と同じように斎場に向かう喪服の人を見かける。赤地に白の水玉衣装と全身黒ずくめ衣装との不思議な取り合わせだが、どちらも異世界にのぞむ、文化的意味の強い服装である。喪服も一種のコスプレといえるのかもしれない。 そういえば10月はハロウィーンの季節だ。例によって渋谷は混乱するのだろう。昨年の、韓国ソウルの繁華街・梨泰院(イテウォン) のような悲劇が心配される。 そしてハロウィーンといえば、魔女やオバケや骸骨など、異世界の仮装である。これも一種のコスプレだ。アメリカでは子供のいたずらが話題になるが、日本では若者が羽目を外して大騒ぎすることが話題になる。クリスマスにも似たような傾向がある。 またコスプレといえば秋葉原でもある。ラジオの部品から始まった電気街が、メイドカフェなどのコスプレ街に変化したのは、電子ゲームの機器とソフトを売ることが、そのゲームのキャラクターがリアル化することに結びついたのだろう。昔も今もオタク(趣味の世界に没頭する)の街ではある。 面白いのは、こういった日本のコスプレに、外国人も、特にフランスなどヨーロッパからきた人も多く参加することで、日本は、マンガやアニメやゲームとともに「コスプレの国」として認知されているようだ。こういった文化の物語的な内容を総じて「ファンタジー」と呼ぼう。 このファンタジーの様式(スタイル)はどこから来るのか。