豪雨被災のラーメン店、仮設店舗で再始動 78歳店主「人吉に明かりを」
「ラーメンでよかね」。熊本県人吉市でラーメン店「大勝軒」を営む店主の原田政勝さん(78)は、なじみの男性客らに声を掛け、厨房に引っ込んだ。うれしそうだが、どこかこわばった面持ち。自ら客席へ運び、「どうぞ」。目の前に置かれた湯気の立つ豚骨ラーメン。おいしそうにスープを飲み、麺をすすった男性客が「(味が)変わらんっすね」。そのひと言を聞き、原田さんの顔がようやくほころんだ。 JR人吉駅の駐車場で建設が進む仮設商店街。昨年7月の豪雨災害から半年になる12月26日、その一角で、原田さんはラーメン店再開の第一歩を踏み出した。かつての常連客や知り合いが来店してくれる。 再開を果たして10日たつが、「まだラーメンを作る時の一連の流れがぎこちない」と苦笑いする原田さん。器なども水害前の慣れ親しんだものと違うため、「スープの分量の加減などが難しい」。 元の店は、仮設商店街から約700メートルほど東の紺屋町にあった。飲食店が集まった場所で、当時は夕方から開店。家族連れや、酒を飲んだ後の「しめ」で立ち寄る常連客らでにぎわっていた。
しかし、昨年7月4日。前夜も店を開け、少し酒も飲んでいたという原田さん。「2階の住居に戻らんで、そのまま1階の店の座敷で寝てしもた。『何か冷たかね』と思って目を覚ましたら、水が来とった」。すぐに起きて冷蔵庫などが浮く店内を腰まで水に漬かりながら、2階に避難。その2階も浸水し、無我夢中で天井の通風口を手で破り、屋根に脱出したという。 屋根から下りたのは水が引いた数時間後。調理道具の多くは流され、残ったものも泥まみれになっていた。でも「道具はまた買える。命が助かってよかった」。その後、半年ほどは同市内の知人を頼り身を寄せた。 自家製の麺を使ったラーメンは豚骨、味噌など1杯500~600円。再開に合わせ、新メニューも加えた。6メートルの麺を使った「長長長[ちょうちょうちょう]メン(球磨川ラーメン)」(600円)だ。「流域の市町村が球磨川のように一本になって頑張ろうという思いを込めました」
今月7日に79歳になる。今年は店も開業30年目を迎える節目の年だ。「『死ぬまでがま出せ』ということで生かされたっでしょう」と原田さん。「早く仮店舗の仲間たちの店が開業し、人吉に明かりをともしたい。今年か、来年か分からんけど、また同じ場所で店を開く。そっが夢ですね」(吉田紳一)