ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の金銭的課題。日本のアートシーンが国際的に存在感を示すために必要なこととは?
アメリカの予算は約8億4000万円。国・地域によって異なる状況
他国館の予算、運営状況についてはどうなのか。日本館と同様ジャルディーニエリアに各国館を持つアメリカ、イギリス、オーストラリア、韓国などのほか、初の国別パビリオン参加となったベナン共和国など21ヶ国に質問状を送り、いくつかの回答が得られた。そこからわかったことは、予算規模も運営体制もじつに様々であるが、多くの場合主催団体がファンドレイズ(資金調達)を積極的に行い予算を充足させているということだ。 たとえばアメリカは、パビリオンの予算は580万ドル(約8億4000万円)にもなる。おそらくパビリオンのなかでも最大規模だろう。内訳としてはアメリカ国務省の教育文化局 (Bureau of Educational and Cultural Affairs)が資金の一部を提供し、ファンドレイズは9割。委託を受けた機関が残りの費用を賄うためのファンドレイズを担当しており、代表アーティストは諸経費の一部を負担する必要もないという。 今回の記事で各国館のリサーチを行ったアーティスト・インディペンデントキュレーターの半田颯哉は、以下のようなコメントを寄せる。 「アメリカは民間主導のイメージが強く、実際、莫大な予算のうちその9割以上を民間からのファンドレイズで賄っていますが、じつのところ公的資金分だけでも一国分と言えるほどのパビリオン予算規模となっていることには驚きました」 ドイツの予算は開催年ごとに異なり、「芸術的貢献の種類と調達された第三者資金によって異なる」という。主催のifa(ドイツ対外文化交流研究所)は、2年間にわたって連邦外務省から 65万ユーロ(約1億460万円)の基本予算を提供。コミッショナーが支援するキュレーターは基本予算外の資金調達を担当し、基本予算はプロジェクト期間中のコストのおよそ40%をカバーしている。 ブラジルは150万レアル(約3750万円)の予算を、サンパウロ・ビエンナーレ財団と連邦政府(文化省)とのパートナーシップによって賄っている。 カナダは、カナダ国立美術館がヴェネチアでの展示を主催。予算は明かされなかったが、美術館財団がヴェネチアにおけるカナダの芸術代表のための資金調達を主導している。 スペインの予算は40万ユーロ(約6300万円)で、割合としては公的資金と民間が9:1。主催団体のひとつであるスペイン外務・EU・協力省が資金調達の責任者となっている。 エジプトは他国館と一風異なるスタイルで、今回、アーティストが所属する4つのギャラリーと個人サポーターによってすべて私費で運営。エジプト政府からの財政支援は一切なく、アーティストもパビリオンの費用を一切負担していない。「アートマーケットとキュラトリアルシーンの結び付きの強さを感じます」(半田)。 日本館の隣に位置し、今年、パビリオン設立から30周年となる韓国は、パビリオン以外の展示もヴェネチア内に展開。ヒョンデをはじめとしたスポンサーからの支援を受けている。 こうした各国館リサーチを踏まえ、半田は以下のように述べる。 「毎回選出されるアーティストやキュレーターが異なるなかで、ヴェネチア・ビエンナーレを同じ組織が担当するということはアドバンテージでもあるかと思います。パビリオン運営のノウハウを組織内に蓄積しつつ、組織としてファンドレイジングについてもサポートすることができれば、アーティスト・キュレーターは安心して展示作りに向き合うことができるのではないでしょうか」 国際交流基金という組織にノウハウが蓄積されてこなかったことを指摘しつつ、それが結果的にキュレーター、アーティストへの負担になっていると指摘するのは毛利だ。 「日本館の場合、プレスを含めてパビリオンをどうプレゼンテーションするか、そのためにどう予算を配分するかといった大きな責任を伴う仕事は、初めてヴェネチアを経験するキュレーターとアーティストにすべてかかっています。実務から得た知見やノウハウがストックされないまま、また翌々年のアーティストが自力でサバイブしていくことになるのです。そして、それは作品を作るクリエイションとは別の労働です」