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ポスト吉田沙保里の現在地

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VICTORY

 オリンピックでのレスリングといえば、次々と金メダルをとる笑顔の女子レスリング選手たちが思い出される。なかでもアテネ、北京、ロンドンの三大会で金メダル、4年前のリオデジャネイロで銀メダルを獲得したのを最後に現役引退した吉田沙保里の顔を多くの人が思い浮かべるだろう。女子が五輪の正式種目になったときから活躍を続けた吉田の存在は日本の女子レスリングにとって欠かせないものだったが、どんな選手もいつかは引退のときがくる。吉田が世界一の記録を伸ばし、五輪での活躍を重ねるほど、彼女の後を継ぐもの、「ポスト吉田」が登場するのを期待されるようになっていった。  「ポスト吉田」候補として名前が挙がるのは、やはり彼女と同じ階級を戦う若手選手たちだった。  振り返れば、先日、米国のUFCと契約した総合格闘家の村田夏南子も、そうして注目された選手の一人だった。2011年12月の全日本選手権で吉田と対戦、敗れはしたものの2ポイントを先制してリードした高校3年生は、いきなり「ポスト吉田」と呼ばれる存在になった。2008年の北京五輪で活躍した吉田の姿を見て、柔道からレスリングへ転向したという村田のエピソードも手伝って大きな脚光を浴びた。  最近では、レスリングを始めたときの恩師が吉田の父である故・栄勝さんで、高校・大学と後を追うように同じ道を歩んだ至学館大学4年生の奥野春菜が、2017年に55kg級、2018年は53kg級で世界選手権を続けて優勝し「ポスト吉田」に加わった。だが、奥野は日本代表争いで敗れたため、吉田を継ぐ存在として期待されてはいるが、東京五輪におけるポスト吉田ではなくなった。  吉田が最後に戦っていた53kg級での東京五輪日本代表は、3月に至学館大学を卒業した向田真優(ジェイテクト)に決定している。三重県出身で中学入学と同時にJOCエリートアカデミーへ入校し高校卒業まで過ごし、吉田の母校でもある至学館大学へ進学した。他の多くの女子レスラーたちと同じように幼少期、5歳からレスリングに取り組み、十代の頃から「沙保里さんに勝って、五輪へ行きたい」と話すなど、具体的な目標を掲げる意志の強さを早くから持っていた。本人は笑いながら「ものすごく頑固なので」と自己分析するが、多くの選手が大学卒業後も同じ練習環境を継続することが多いなか、反対する声もあったろうに拠点を愛知県から東京へと移したのには驚かされた。もっとも、中学高校時代は東京を拠点としていたので、まったく知らない場所ではない。  向田の試合スタイルは得意なタックルを中心に、多彩な技術を生かして得点を積み重ねるバランスの良いもの。弱点が少ないはずなのだが、いろいろなことを出来てしまうため悪い意味で余裕を持ってしまうのか、リードした試合終盤でためらうような時間ができることがある。そのとき一瞬だけ、攻撃への集中力が途切れたような状態になり、2017年と2019年の世界選手権決勝ではその隙に失点し、逆転負けで2位になった。ジュニア時代から逆転負けについては向田の課題と言われ、本人もたびたび言及する欠点だ。  欠点を克服するためなのか、これまでの向田は休養日と言われても必ず身体を動かし、「中学生のときから365日、休みの日をつくったことがない」選手だった。だが東京五輪代表内定後は、「休むということが出来なかったのですが、休息をとるようになりました」と、良い意味でのゆとりを持てるようになった。そのおかげか、2月のアジア選手権では実に安定した試合運びで、悪い意味でのゆとりの時間を試合では作らないまま決勝へすすみ、今回こそはスムーズに優勝かと大量リードの勝利目前にかけた技を利用され、逆転フォール負けに終わった。ところが、この敗戦後は過去の決勝後と違って実にさっぱりとした表情で「落ち込んでいる暇はない」と、五輪へのよい準備になるととらえたようだった。肩の力が抜けて、「ポスト吉田」としてもっとも期待される安定した勝負強さを身につけられるのではないか。来年の本番へ向けて、良い兆しだ。  そして、日本の女子レスリングを牽引する存在として東京五輪では「金メダルに最も近い」と評される川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)も、かつては「ポスト吉田」に数えられた選手だった。高校時代は吉田と同じ階級で、「沙保里さんに勝ちたい」と夢を語っていた。大学入学後に階級を変更、今度は「(伊調)馨さんに勝ってオリンピックへ行きたい」と目標とする先輩の名前を変えて五輪への思いを語った。その後、4年前のリオデジャネイロ五輪は周囲のすすめで階級をさらに変更し、伊調よりひとつ上の63kg級で出場し優勝して五輪金メダリストとなった。東京五輪をめぐっては、五輪5連覇を目指して現役復帰した伊調との直接対決を制して日本代表の座を手に入れた。  金メダル確実と周囲から言われる川井は、階級こそ違うが、ことあるごとに吉田と比較される「ポスト吉田」的な存在だ。だが、比較対象として吉田の名前をだされるたび、川井は「沙保里さんはすごすぎて、とても同じようにはなれない」と、期待に添えなくて申し訳ないというように眉を下げて答えるのが常だ。性格の違いもあるのだろう。いつもあっけらかんと明るい口調でポジティブな言葉を繰り返した吉田と違い、川井は弱気を隠せないタイプだ。昨年、伊調との代表争いを制したあと、「辞めなくてよかった」と、その半年前には敗戦のショックでレスリングそのものから離れようと家族に相談したことを告白している。  では、「ポスト吉田」と呼ばれる選手に期待されることは何なのだろうか?吉田とまったく同じような選手の登場なのだろうか?いや、おそらく吉田とは違うタイプの、とくに東京五輪では、突然の大会延期や先行きの不透明さで私たちが経験している様々な出来事や気持ちに、明るい出口があるのだと見せてくれるような、弱音を吐いてもなお強い選手の活躍を期待しているのではないだろうか。マットの上のことだけを考えて過ごすのが難しかった最近の数年を過ごした女子レスリング選手たちなら、きっとそんな存在になれるだろう。

VictorySportsNews編集部

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