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山下社長「卓球を卒業してもいい仕事をする」リコーが企業スポーツを持つ理由

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2018年、創部60年来初めての日本リーグ総合優勝を果たしたリコー卓球部。 そのグループを率いる社長が、大学時代、卓球に打ち込んだ経験者であることは、果たして偶然だったのか。 【写真】元広島大学卓球部のリコー山下社長 インタビュー中もラケットに触れ笑顔 パッと、その場所が明るくなる人柄だ。 せっかく社長に時間を頂いたのだからと、リコーの社業について、私が力んだ質問から始めると「それより俺の卓球の話聞きに来たんだろ」と悪戯っぽく笑って、楽しい取材がスタートした。

毎日辞めようかと

――山下社長は広島大学の卓球部出身とお伺いしました。 山下良則社長(以下、山下):広島大学の卓球部に、ほぼ初心者で入りました。高校の時ちょっとやってたけど体育会系じゃなかった。 今は広島大学は西条に移ったけど、我々のときは広島市内にあって、平和公園から自転車で10分くらいだったの。 卓球部の練習場が古い2階建ての校舎の1階に、卓球台が4台。それしかない。部員は50人くらいいたから、ほとんど練習できない。 夏休みまで、1回も台についたことがなかった。毎日辞めようかと思ってたよ(笑)。 ――練習は厳しかったですか 山下:毎日夕方6時くらいに集まって、体操して、走る。広島市に比治山(ひじやま)という小さい山があって、そこまで大学から5キロ、もうちょっとむこうに黄金山(おうごんざん)って山があって、これが頂上まで8キロくらい。確か木曜日が黄金山だったな。 とにかく、よく走った。夏までは素振りと走るしかなかった。

「初心者の山下でも勝てないこともない」戦型に

――現役時代、カットマンだったと伺いました 山下:やっと台につけた頃、尊敬する先輩が4年生にいて、彼が「山下、初心者のお前で勝てないこともない、カットマンという戦型がある。これは勝てる」と言う。それで、カットマンになった。後になって聞くと、俺の学年にカットマンを作りたかっただけなんだけど(笑)。 ま、足も速かったし、それだけ走ったからね。卓球は足腰だ、そう思った。 カットマンって、最後はテクニックもあるけど、まず足が動かない選手は勝てないから。 ――でも、なぜ大学から体育会の卓球部に入ろうと思ったんですか 山下:最初、エスペラント語のクラブとも迷ったけど(笑)。当時、世界中みんな喋る言葉はエスペラントになりますっていうのを聞いて、これはすごいと。 でも、やっぱり、体育会系のほうが友人関係が深まるんじゃないかと思って。で、熱心に誘ってくれた卓球部に、仲の良い同期と入った。 ただ、そいつは中学から卓球やってたから、気づいたら台についてる。俺は全然台につけずに、ひたすら素振りとマラソン。陸上部に入ったのかと思った(笑)。 でも、続けて良かったですよ。今でも同じ学年の仲間とは本当に仲が良い。卓球続けてる人も多いよね。 山下もまた卓球やれよって言われて「俺はやらないよ」って言ってるんですが、ホントのこと言うと、日本ではやってないけど、アメリカ駐在の頃はやってました。

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