<AID>精子提供で生まれた60代女性、31歳まで明かされず「嘘の中で、大きな不信感」
きちんと相談できる窓口がほしい
「本人が知らないままでいるなんて、そんな馬鹿にされることはないだろう、人を馬鹿にするのもいい加減にしろ、というくらいには思います。あなたはどういうふうに生まれた人ですよ、と伝えたうえで、親子としていっしょにやっていきましょう、というのは、少なくともあってしかるべきだろうと思いますし。 私も何がきついって、いまも本当のことを親せきに言えないんですよね。親せきのなかでは、(精子提供したという事実は)あってはならないことなので。それはやっぱりどこかで『自分の存在自体があってはならない』と、いまでも思わざるを得ないところがあって。 だからやっぱり、最初にみんなで『子どもをこういうふうに迎えて、家族関係をどうしていこう』と相談してやるのが筋だし、そうしていたら、少なくとも私が繕わないといけない仮面は要らなかった。『本当のところの自分』で生きてこられただろうな、とは思うので。(今後精子・卵子提供で子を持つのであれば)そうしてくれ、と思いますよね」 今回の法案についてどう思うか尋ねると、木野さんはこう話してくれました。 「野放しでなんとなくずっと進んできたっていうのは、やっぱりよくはないので、きちっとしたものがあったほうがいいとは思っていたんですけれど。正直に言えば、『(第三者が関わる不妊治療は)して欲しくない』という気持ちなんですが、それは現実的ではない、ということももちろんわかるので。 だとすれば、やっぱり生まれた子どもが尊重されるような形になるべきだと思います。海外のように、きちんと出自を知ることができるといいし、せめてまずは提供精子や卵子で生まれた人が自分がどういう風にして生まれたのかということがわかる仕組みに少なくともしないと、と思います」 先述どおり、法案の付則では「出自を知る権利」については、「2年をめどに検討」されることになっていますが、これも「本当に、やってくれるの?」と感じているそう。「これまで大体うやむやにされてきたので」、期待したいけれど期待しづらい、という思いがあるようです。 「あとは少なくとも、提供精子・卵子で生まれてきた子どもが相談できる、サポート機関は作ってほしいと思っています。いまも自助グループはあるんですけれど(*3)、やっぱり『当事者だけで』それをやるのはしんどい部分もあって。それぞれ抱えているものが大きいので、やっぱりこの問題に理解のある専門家などとつながって、きちんと相談できる、安心してしゃべれる場所というのを少なくとも作ってほしいです」 筆者が以前話を聞かせてもらった女性も、自分で自助グループを立ち上げていましたが、確かに負担は大きそうでした。自分も支えが必要な立場でありながら、ほかの人のサポートをするというのは、大変なことです。サポートの場は、当事者たちではなく、このような状況を生み出してきた医療機関や国が用意してしかるべきでしょう。 次回は、5年ほど前にAIDで生まれたことに気付いた女性(40 代)の話をお伝えします。 *1 『AIDで生まれるということ』(非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ・長沖暁子編著 萬書房) *2 「ライフストーリーワーク」/自分の人生のいろいろな出来事や気持ちを、サポーター(信頼できる人)とともに辿りながら整理して自分のものにしていき、過去・現在・未来をつなげていくこと。里親家庭、児童養護施設の子どもや、精子・卵子の提供により生まれた子ども向けのプログラムがある。木野さんが所属する「精子・卵子の提供により生まれた人のためのライフストーリーワーク研究会」では、「精子・卵子の提供により生まれた人とライフストーリーワークをはじめるにあたって」という冊子を制作し、講座などを開いている *3 「非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ」(DOG:DI Offspring Group)/AID(非配偶者間人工授精)で生まれた当事者同士が、一人で悩まず互いに話し合える場をつくることを目的として、2005年1月から活動を開始 大塚玲子(おおつか・れいこ) 「いろんな家族の形」や「PTA」などの保護者組織を多く取材・執筆。出版社、編集プロダクションを経て、現在はノンフィクションライターとして活動。そのほか、講演、TV・ラジオ等メディア出演も。多様な家族の形を見つめる著書『ルポ 定形外家族 わたしの家は「ふつう」じゃない』(SB新書)、『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』(ともに太郎次郎社エディタス)など多数出版。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。
大塚玲子