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レズビアン・ゲイ・スタディーズからクィア・スタディーズへ:学問としての現在【連載:LGBTQ+を読みとく 第3回】

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GQ JAPAN

6月の「プライド月間(Pride Month)」を機に、性の多様性をめぐるさまざまな問題について森山至貴さんと考える。第3回目は 、クィア・スタディーズの誕生と発展について。 【写真を見る】初期のゲイ・ライツ・マーチとスター学者のジュディス・バトラー

ホモファイル運動とゲイ解放運動

ストーンウォールの反乱をひとつのきっかけとして、1960年代終盤のアメリカでゲイ解放運動と呼ばれる社会運動が生まれた。この社会運動は、それ以前のアメリカにおいて主流だったホモファイル(homophile)運動に反旗を翻すものでもあった。 ホモファイルとは「同性を愛する者」という意味で、ホモセクシュアルという表現に含まれる「セクシュアル(性的な)」というニュアンスを嫌った人々がつけたものであるが、ここではこの点はそれほど重要でない。重要なのは、この運動が(異性愛者の)医者や心理学者を味方につけながら、異性愛者の同情を買い、異性愛者に同化することで同性愛を認めてもらおうとするものだったことだ。 ゲイ解放運動は、このような運動のあり方を拒否した。専門家の権威にすがって多数派社会から「お目こぼし」してもらうのではなく、同性愛者として堂々と権利を主張し、戦いによってそれを勝ち取っていく。そうでなければ、差別を覆したことにはならないと考えたのだ。そこで重要になったのが、同性愛者としての明確なアイデンティティであった。同性愛者に関する研究も、医者や心理学者による「性的逸脱」の研究から、同性愛者としてのアイデンティティを持つものが自分たちについて調査し考察する、レズビアン・ゲイ・スタディーズと現在呼ばれる研究へとシフトしていく。 ところが、ゲイ解放運動の方法では解決できない重大な問題がゲイコミュニティに1980年代に降りかかる。HIV/AIDSの問題だ。ゲイの間での性交渉を通じて感染したHIV(ヒト免疫不全ウィルス)がAIDS(後天性免疫不全症候群)を発症させ、多くのゲイが亡くなっていく。アメリカのレーガン政権が典型的だが、この病気に対する治療法の開発研究を積極的に控えさせることによって、結果として多くのゲイを見殺しにしていたのだ。 ゲイ解放運動の特徴は、担い手が同性愛者としてのアイデンティティを持ち、それを基盤に政治的活動をおこなったことである。しかし、HIV/AIDSに対して同性愛者としてのアイデンティティは無力だ。アイデンティティを持っていればHIVへの感染を防げるわけではなく、また同性愛者としてのアイデンティティを持たない(けれども男同士で性交渉をする)人にHIVは感染しない、というわけでもない。 また、HIV/AIDSの最悪の影響を引き受けざるをえなかったのはゲイだけではなかった。セックスワーカーの女性や薬物使用者など、社会構造によってその立場に追い込まれざるを得ない社会的弱者たちの多くがHIV/AIDSによって亡くなっていった。この時ゲイの社会運動は、ゲイ・アイデンティティのみを基礎とすることの限界に直面し、多様な弱者の連帯にもとづく社会運動へと舵を切ることになったのである。

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