没後50年の節目に新たな視点の三島論(レビュー)
三島由紀夫が自刃したのは1970年11月25日。没後50年にあたる今年は三島に関する書籍の刊行が例年以上に目立つ。中でも佐藤秀明『三島由紀夫 悲劇への欲動』は、新書というサイズながら最も刺激的な一冊だ。著者が提示した「前意味論的欲動」という新たな視点が際立っている。 それは「言語化し意味として決定される以前」の体験や実感に表れた、「何ものかに執着する深い欲動」であり、「存在の深部から湧出する欲動」を指す。著者は『太陽と鉄』と『仮面の告白』で酷似した語句を見つける。それが「身を挺する」「悲劇的なもの」であり、この言葉で表現される感覚を「前意味論的欲動」と呼ぶことにしたのだ。 本書では三島の作品と活動がこれまでとは違った相貌を帯びて浮上してくる。『仮面の告白』は自己嫌悪や苦痛に耐えながらの「荒療治」であり、『金閣寺』は自らの「美意識」と「実人生」の相剋を虚構化した作品だった。そして『憂国』では、「身を挺する」「悲劇的なもの」という前意味論的欲動が表現としての全的解放に至るのだ。 そんな三島にとって、「英雄たること」への執着は癒えることのない病だったと著者は言う。60年代末の騒然たる社会を見つめながら、三島の前意味論的欲動は現実の「行動」へと傾斜していく。『豊饒の海』の執筆と三島の内的葛藤の同時進行は、読んでいて胸に迫るものがある。「観察や直感で対象を掴もうとした」勇気ある試みの成果だ。 [レビュアー]碓井広義(メディア文化評論家) 1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年にわたりドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶應義塾大学助教授などを経て2020年3月まで上智大学文学部新聞学科教授。著書に「倉本聰の言葉―ドラマの中の名言」(新潮社)、「ドラマへの遺言」(同)ほか。毎日新聞、北海道新聞、日刊ゲンダイなどで放送時評やコラムを連載中。[公式サイト]碓井広義ブログ 新潮社 週刊新潮 2020年11月26日初霜月増大号 掲載
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